あたしがこの写真集のことを知った時にはすでに絶版となっており、しかも古本で入手しようと思うと1万円以上という相場になっていた。ここ半年くらいから、9千円台となり、今は5千円半ばと云う価格相場となった。ヤフオクで定価より10円高い4000円(+送料265円)で2年越しにようやく入手した。傷みも特になく、美品。待った甲斐があった。
鬼海弘雄は『PERSONA(ペルソナ)』で土門拳賞をとり、一躍有名になる。『PERSONA』は浅草の浅草寺で市井の人を撮ったポートレート集なのだが、この浅草寺での撮影は30数年間続けられたことであり、この写真集以前に処女写真集『王たちの肖像-浅草寺境内』を87年に、そうして今回入手した『や・ちまた』が96年、03年に『PERSONA』、その普及版『ぺるそな』を05年に出している。浅草寺境内での撮影は鬼海のライフワークになっている。
『王たちの肖像-浅草寺境内』は未見なのだが、他の3冊については写真の下に特徴的なキャプション、撮影年というスタイルが統一されている。『PERSONA』以外は途中、本人か他の者による随筆が数編挿入されている。また、『PERSONA』がレコードジャケット大の大型本に対して、他のものはA5版の小振りな作りである。
『PERSONA』は文句なしの上質の写真集である。モノクロでありながら、色の再現のために4回刷りを行っており、さらに掲載されるサイズはプリント大である。これを見ると『へるそな』もかなり意識して美しく印刷が試みられているのだが、まだまだという気がする。それ程までに『PERSONA』は見事である。そういうものを知っている状態で『や・ちまた』を見るのは辛い。やや厚手の上質な紙が用いられているのだが、印刷がごく普通の印刷でコントラスト・階調の表現が著しく劣っている。『PERSONA』と重複する写真が182枚中4、5枚あるのだが、見比べてみると同じものとは思えない。このように比較をしていると普及版『ぺるそな』の出来の良さが改めてはっきりしてくる。『や・ちまた』よりも遥かに丁寧な作りなのに2300円(税抜)と1500円も安いのである。発行部数の差なのかもしれないが、はやり驚かされてしまう。
『や・ちまた』は装丁がちょっと変っている。ごく普通の並製本なのだが、カバーをとった表紙が無漂白の厚手の洋紙が使われている。表紙、裏表紙には何も印刷はなく、背表紙のみに型押しで表題等が入れられている。非常にシンプルながらも本文に対してキュートであり、何ともいえないコントラストを生み出している。
作品集としての『や・ちまた』であるが、印刷の印象の関係もあるかもしれないが、やはり『PERSONA』に劣っているとしか云いようがない。『PERSONA』はすべて立ち姿なのに対して、『や・ちまた』は被写体が座っているものも少なからずある。スタイルの統一においても完璧ではない。それに人物がやや平凡な人が多いかという気もする。しかし、人の表情は印刷がよくないと判り難いもので、どうしても『や・ちまた』が不利にならざるを得ない。材料がありながら器が悪いというのは非常に残念なことである。
それにしても数分間の撮影でああいうポートレートを撮ってしまう鬼海という人間はコワイとつくづく思う。
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