アサヒグラフ 1952年8月6日号 原爆被害の初公開
1952年4月28日サンフランシスコ講和条約が発効し、GHQによって布かれていたプレス・コード「日本に与える新聞遵則に関する覚書」が解かれた。このプレス・コードでは原爆に関する報道も規制の対象としていた。アサヒグラフの1952年8月6日号は「原爆被害の初公開」とタイトルされ、初めて日本国民に広島・長崎の両原爆の惨状を知らしめることとなる。
この号については以前にすでに入手済であったが、それは特別増刷版だった。今回、入手したのは第一刷版である。第一刷は表紙がカラー印刷だった。売れ行きがよく、増刷が行われたのだが、カラーでは印刷に時間がかかるということでモノクロで行われたようだ。歴史的な一冊ということで、このカラー表紙版をヤフオクで改めて落札した。落札価格は500円(+送料180円)。カラーインクがコーティングとして保護しているのか、モノクロのものよりも紙の状態がよい。
久しぶりに読み直していて目についたのが、ジョン・ハーシー『ヒロシマ』(46)で取材を受けた6人の当時の写真と簡単なインタビューだった。『ヒロシマ』を読んでいなければ、何のことかよく判らないが、読んだ後であると実に真実味のある価値の高い2ページであると知る。
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