カテゴリー「旅行・地域」の36件の記事

2007.10.07

秋祭り

 うちの市内では3日間の秋祭りが始まり、今日が最終日。毎年、日が微妙に変っているから旧暦によっているのだろうか。10数年前は役場はお盆休みはなくても、この秋祭りの最終日は休みになっていた。小中校は今だに休校である。まぁ、今年は週末に祭りの日が当たったのでカレンダー通り。

 前2日間は日が暮れてからちょうちんを持って子供たちが行列を作って町内の各戸を練り歩くというもの。ちょうちん行列といっている。しかし、今ではちょうちんを持たずにやっているようだ。小学校の高学年のみがちょうちんを持つのを許されて、このちょうちんを持つとなんか一人前という感じがあったのだが。ちょうちんはもちろんロウソクが燈されていて、毎年必ずひとりはちょうちんを燃していた。このちょうちん行列では長ズボンで参加し、それでも寒いと感じていたものだが、今年はまだまだ寒くはなさそうである。

 最終日は市内の多くの神社から神輿がでる。子供神輿も多いのだが、大人神輿も少なくない。そうして幾つかの神社では神輿の鉢合わせをする喧嘩神輿がある。通常、大きな広場に会場が設けられ、鉢合わせが行われることになっているのだが、町内を練り歩いている途中でかち合うとその場で喧嘩神輿が始まることもある。もんもんの入ったひとの多いかき夫というのは完全によっぱ状態なので、警察から禁じられているにも関らず、やってしまうのだ。以前、喧嘩神輿の延長で、軽トラで数人が隣の地区の神社へ襲撃に行ったという馬鹿な連中がおり、事もあろうにうちの新採職員もそこにいたことがあった。暴行事件であり、とうぜん、懲戒免職である。

 今年は死亡者はおらず30人程の負傷者程度で清んだようだ。珍しい事故があって、地区でかき手に振舞われた食事で食中毒があり、20数名が被害にあったらしい。こういうのは初めてである。

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2007.06.09

柳田邦男『空白の天気図』(75)

 あたしの愛読書である柳田邦男の文庫本版『空白の天気図』がどこかに埋もれてしまって、見当たらない。おそらくそこいらを掻き分ければ出てくるんだろうが、オリジナルの単行本版も欲しくなり、ヤフオクで落札。1,050円(+送料290円)だった。

空白の天気図
空白の天気図

柳田 邦男 (著)
単行本: 273ページ
出版社: 新潮社
1975/09/10

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 このドキュメンタリ著書は非常に刺激的である。広島地方気象台を舞台に、原爆の投下されたあの日から、その翌月、広島県を中心に甚大な被害をもたらした枕崎台風までの気象台員たちの様子が詳細に再現される。また、枕崎台風では原爆の調査で広島入りしていた京大の物理学教室の研究者たちも土石流に遭い、幾人もが命を失くしている。

 未曾有の歴史の出来事の裏での台員、科学者たちの活動は恐ろしく地道である。しかし、スペシャリストとして職を全うしようとする姿は非常に誇らしい。

 原爆罹災、台風遭難といった陰惨な背景を持ちながらも、このノンフィクションが何かしらすがすがしさを持つのは上記のような理由によるだろう。原爆の悲惨さは様々な手記等から知ることができるが、その戦災を受けた状態でどのような活動、生活をしていたのかはあまり知らない。そういう中でこの測候業務をそれまでと同じように続けようとする台員の日常が描かれ、それを知るというのは非常に貴重なものではないかと思う。

 ノンフィクションの中でも非常に優れたもので、数年に一度は必ず読み返す一冊。古本での入手も可能だが、文庫本版も残念ながら絶版になっているようだ。

空白の天気図
空白の天気図

柳田 邦男 (著)
文庫: 443ページ
出版社: 新潮社
(1981/07)

 ちなみに今回入手した単行本は32年前の初版本でそんなに傷みもないものだったが、とにかくかび臭い臭いが強烈だった。中古のLPでかび臭いものは比較的多いのだが、書籍でこんなにひどいものは初めてである。半日日陰で虫干ししたが、ページを捲るともの凄い臭いが舞い上がる。虫干しも1ページずつ繰りながらやらないと、こういったものには効果がなさそう。

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2007.04.30

鬼海弘雄『印度や月山』(99)

 インドには頻繁に行っていると云う鬼海弘雄のインドに纏わるフォトエッセイを入手したが参った。

印度や月山
印度や月山

鬼海 弘雄 (著)
単行本: 237ページ
出版社: 白水社 (1999/12)

 鬼海の写真の奥行が好きで、この人の写真は高く評価していのだが、文章の方はどうもダメなようだ。限りなく現在進行形に近い状態での描写が続き、思考の入る余地がないがないのだ。

 文字表現は何かについての描写のみならず、理論構成の手段としても用いられることが多い。そして、行間を読むといった明確には示さないものの、匂わせるといった腹芸にも長けている。

 何かについてと云う集約のないことのつらさ・底なしさを彼の文章に感じてしまって、数編読んだだけで放置してしまった。こうことは珍しく、20年程前に句点「。」がなく、延々だらだらと文章の続く野坂昭如の『火垂るの墓』の1ページ目に恐怖して以来である。

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2007.04.11

つげ義春『貧困旅行記』(91)

 気分が落ち込んでしまった時にこの人の作品を見ると安らぐ。つげ義春の生活はお世辞にもいいとは云えず、おそらく最悪とも云えるかもしれないのだが、それでも誰の心の中にも潜んでいるような人間の弱さのようなものが的確に描かれ、それを再認識することでほっとするのだ。この人の作品はマンガであれ、エッセイであれ、カタルシスの意味あいが非常に強いと思われる。

貧困旅行記
貧困旅行記

つげ 義春 (著)
単行本: 193ページ
出版社: 晶文社
(1991/09)

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 この書籍はおそらく10年ぶりくらいに読み返した。つげの精神状態は良くなく、鄙びた場所で静かに過そうと云う意識が強い。そういう状態で山奥の一軒宿を訪れたりしていたようなのだが、そういった旅に纏るエッセイが纏められている。

 鄙びた宿がいいというとなのらしいが、それでも単に鄙びて汚いだけのところはつまらないと云う。かなりの審美眼をもって鄙びた加減を見ているのだろう。とてつもなく我が儘な人だとは思いつつも、何とはなく判るところもあり、苦笑を誘われる。つげは家庭の事情で小学校を卒業後、中学校には進学せずに就職し、まともな教育を受けていないのだが、彼の文章には何ら淀みがない。文章構成力は才能によるものであるとつくづく知らされる。

 マンガ家として知られるつげだがエッセイも非常に優れている。

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2007.03.19

鬼海弘雄『東京迷路 Tokyo Labyrinth』(99)

 絶版になっている鬼海弘雄の『東京迷路 Tokyo Labyrinth』をヤフーオークションで落札する。もともとは本体2850円+税の定価だったものが、今では古本で8000円からの相場になってしまっている。落札は5700円と送料740円という感じで、定価の倍にはなっているが、比較的安くで入手することができた。

東京迷路
東京迷路

鬼海 弘雄 (著)
大型本: 117ページ
出版社: 小学館 (1999/11)

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 1973年から1998年までに鬼海が撮りためた東京の景色写真集である。田舎人にとって東京都いうとビル街をすぐに想像してしまう訳だが、実際には人間が生活している場所でもあり、それゆえエアーポケットのように周りから抜け落ちて独特の存在を示すこともある。そんな景色が集められている。

 80年代半ばこの写真集にも文章を寄せている赤瀬川らによって発足された路上観察学会によって、無用の長物トマソンを探すなどといったことが流行ったことがあるのだが、この写真集もある意味同傾向にあるのかもしれない。しかし、それだけに留まるという決して悪趣味ではないのである。トマソンはそのものを滑稽なものとして捉えて愉しむものであるが、鬼海の人間のまったく写っていない景色写真は、むしろそこに住んでいるだろう人間を想像させるものである。

 見せないことによって見せるというのは方法の効果的なもののひとつでもある。鬼海の写真は最小限のものしか見せないことが多いが、それによって見えてくるものも多い。もちろん観る側の感性も欠かせないことにはなるのだが。

 山形から東京に出てきた鬼海が東京という街でなにを見たのか、写真を眺めながら想像するもの楽しい。

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2007.02.24

橋本文隆・内田青蔵・大月敏雄(編集)兼平雄樹(写真)『消えゆく同潤会アパートメント』(03)

 先日購入した『Design of Doujunkai 同潤会アパートメント写真集 ― 甦る都市の生活と記憶 ―』に続く同潤会アパートメント関連の書籍。軍艦島のアパートもそうであるが、この同潤会アパートメントも生活文化というもの考慮したうえで建設されているので非常に興味深い。現在の集合住宅が箱形の、コストだけをもとに、衣食住のスペースさえ確保できればよいと云う考えのうえで作られているのに比べ、先のものがいかに人間本位であったか。軍艦島については環境のあまりの厳しさに対する工夫ということもあったろうが、それでも何とはない暖かみのある生活が見えてくる。

消えゆく同潤会アパートメント<br />
 同潤会が描いた都市の住まい・江戸川アパートメント
消えゆく同潤会アパートメント
同潤会が描いた都市の住まい・江戸川アパートメント

橋本文隆・内田青蔵・大月敏雄(編集)
兼平雄樹(写真)
新書: 159ページ
出版社: 河出書房新社 (2003/12/13)

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 この書籍でメインで取り扱われているのは同潤会が最後に手掛けたコンクリート造アパートであり、昭和9年に完成し平成15年に取り壊された江戸川アパートメントである。このアパートは同潤会アパートメントの集大成的な存在であり、それ以前のものとは工夫の凝らされ方が異なり、随分複雑なものになっている。中庭を挿んで1号館・2号館とあり、家族向126戸、独身向131戸、店舗その他向4戸という構成なのだが、同じ構成のものが単純に配置されているのではなく、いろいろなスタイルのものが混在して作られている。それらの幾つかのパターンが見取図と写真を添えて詳細に解説されている。

 すべてを読み終えていないので、どうしてこんなにこだわりをもってこのアパートが作られたのかはまだ理解出来ていない。しかし、家賃は高価であり、高収入でなければ入居できなかったようだ。今でいうデザイナーズマンションといったところだろうか。結局、著名人が多く入居し、文化人アパートと呼ばれることになったようだ。

 それにしても書籍の内容が素晴らしい。見取図と写真をもとにした解説は、もともとこのアパートの住民であり建築が専門の橋本文隆によるもので、実際の体験および専門家としての見解が交じるもので堅苦しくこそないものの非常に洞察のあるものとなっている。誌面が許すのならもっと詳しいことが聞けるのに、といった感じだ。住宅に興味のある人ならぜひ一度は読んでみることをお薦めする。

 住まいということの考察をせずにいられなくなる一冊である。

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2007.02.20

ワンダーJAPAN 3

 軍艦島が特集ということだったので、購入してみる。

ワンダーJAPAN
ワンダーJAPAN

大型本: 127ページ
出版社: 三才ブックス (2006/12)
ISBN-13: 978-4861990625
ASIN: 4861990629

 夏と冬の年2回発行のムック本で、今号で3号となる。「日本の《異空間》探険マガジン」とサブタイトルのつくものだが、日本各地の変な建物や神社仏閣、そして廃墟が主に取り扱われている。元ネタはおそらくほとんどがインターネットのサイト。編集者がwebマスターに連絡を取り、共同で記事を書いているのではないかと思う。

 安上りなネタ集めだけあって内容は支離滅裂。そして、考察は皆無。初めからネタ本として、B級ムックとして眺めれば、それなりに面白いかもしれない。大きな期待は厳禁。

 軍艦島の特集は1/3ほどの誌面が取られている。写真も多く、天気の良い日に撮られた、思い入のない、実にフラットなもので逆に新鮮さを感じるものになっていた。軍艦島の写真というと、妙に撮影者の思い入があって、堅苦しい湿ったものが多いのだが、ここに掲載されているものは、スナップ写真のようなありのままの様子が素直に写し出されている。とにかく老朽化が進み、建物が壊れているのが気になる。地獄段の辺りなんて、大きな通りだけども、落下物でもう地面が見られない。

 それにしても廃墟趣味というのはよく判らない。朽ちた建物に侵入して、その荒れ具合を楽しむ。ああいうところは怖いだけだ。ただ、荒れるというのではなく、過去の文化の伺われる遺跡的なものだと話は別になるが。軍艦島はもちろん、遺跡である。

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2007.01.07

建築資料研究社『Design of Doujunkai 同潤会アパートメント写真集 ― 甦る都市の生活と記憶 ―』(00)

 同潤会アパートメントとは、関東大震災後、住宅供給を目的として設立された財団法人・同潤会によって建設されたものを称する。それまでの住宅は木造であったことから震災での被害は大きく、鉄筋コンクリート造による住宅の供給が必要と考えられ、1924年に設立された同財団は、翌年1925年8月から鉄筋コンクリート造のアパートの建築を開始する。そうして、東京・横浜に同潤会アパートメントが次々と建てられることになる。しかし、鉄筋コンクリート造によるアパートの建設は費用がかさむことから、1934年竣工の江戸川アパートメントを最後に、同潤会は木造平屋建の分譲住宅のみを供給するようになった。

 あたしは地方住いなのでこの同潤会アパートメントというものの存在はほとんど知らなかった。

Design of Doujunkai 同潤会アパートメント写真集 ― 甦る都市の生活と記憶 ―
Design of Doujunkai
同潤会アパートメント写真集
― 甦る都市の生活と記憶 ―

単行本(ソフトカバー): 218ページ
出版社: 建築資料研究社
(2000/07)
ASIN: 4874606431

 この写真集では青山アパートメント・清砂通アパートメント・上野下アパートメント・大塚女子アパートメント・三ノ輪アパートメント・虎の門アパートメントの6つの同潤会アパートメントが取り扱われ、387点の写真が納められている。写真集の発行から既に7年が経ち、築80年にもなろうかという同潤会アパートメントは2006年現在上野下アパートメント、三ノ輪アパートメントしか残っておらず、この写真集で見られる大半の光景はもう実際に見ることはできなくなっている。

 大正末期から昭和初期にかけて造られたアパートはモダンな装飾が施され、造形的にも美しい。さらにそれに年期が加わり、なんとも云えぬ成熟した佇まいを見せる。アパートが家賃回収のみでは経営できず、やがて木造建築住宅に変更しなければならなかったのも頷ける。このアパートには裕福な医師や代議士も入居していた。

 見た目の意匠が目につくのだが、居住空間を意識して設計されていることも、現在の素っ気ない単なる箱の集合住宅とは異なる。採光と子供のために設けられた中庭。通りに面した表と中庭の中との佇まいは違った趣きを持つ。女子アパートでは屋上にサンルームや音楽室も設けられていた。

 今の集合住宅では生活が感じられない。あたしが今住んでいるところも、玄関のドアを開けるとひっそりしていて、まるでホテルの廊下に出たのだろうかという気分に襲われる。すでに5年も住んでいるところだが、そういった印象は変らない。同潤会アパートメントの佇まいからは人間の住んでいる様子が伺われる。いつからこういった生活を隠蔽してしまうといった建物に住むことを良しとし始めたのだろうか。同潤会アパートメントの写真集を眺めていて感じることは多い。

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2006.10.29

山下和也/叶真幹/井手三千男『ヒロシマをさがそう―原爆を見た建物』(06)

 bk1で注文していた『ヒロシマをさがそう』が届く。いつの間にかAmazonでも品切扱いでなく、通常分も表示されるよになっていた。プレミアのついたマーケットプレイスが浮いてみえる。

ヒロシマをさがそう―原爆を見た建物
ヒロシマをさがそう―原爆を見た建物

山下 和也,叶 真幹,井手 三千男(著)
単行本: 187ページ
出版社: 西田書店 (2006/09)


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 この本で取り上げられているのは、爆心地から5km以内で確認されている被爆建物のうち、被爆後にも何らかの形で残存した非木造建物と住宅および付属屋以外の現存する木造建物についてである。商業・企業を含め、公共的な建物のみが対象になっているようだ。

 地図を添えて紹介されているのは、現存の被爆建物と取り壊された後モニュメント等で一部保存されているもののうち59件で、その他の現存建物も48件リストアップされている。また、非木造建物で被爆後利用されなかったもの49件(被爆時に崩壊し撤去37件・被爆時形態を保持しながらも取り壊し12件)、利用されたが後にすべて取り壊されたもの48件、利用や解体時期が不詳のもの8件が被爆時の写真を添えて紹介されている。

 被爆しても崩壊しなかった建設物は広島の復興に多いに役立ったようだ。それにしても驚くのは爆心地から数100mの銀行の多くがその原形を保っているということだ。広島原爆戦災誌を読んでも金庫の中は焼けていなかったと云う記述が多く、銀行業の特異さを改めて思い知る。

 それにしても仲間の亡くなった建物をそのまま使うと云うのはどういう気分だろう。戦後10年経てばそういった記憶は薄れるだろうけど、数年のうちは生々しく残っているはずだ。

 注意しなければ気がつかない被爆建物。その土地の受けた災禍を忘れることは実はいい事なのかもしれないが、今の世の中を見て、それを手放しに喜ぶのはやはり間違っているという気もする。

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2006.10.28

記録/綾井健『記憶の「軍艦島」 REMEMBER GUNKANJIMA』(06)

 久しぶりの軍艦島関係本。長崎市の観光資源としての保存活動や「軍艦島を世界遺産にする会」の世界遺産に向けての活動に対して、軍艦島はもともと企業による監獄島のようなものであり、むしろ「負の遺産」であるにもかかわらず、このような動きがあるのは実に「きな臭い」ことであると批判する。

記憶の「軍艦島」
記憶の「軍艦島」

綾井 健
大型本: 83ページ
出版社: リーブル出版 (2006/09)

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 軍艦島では半島からの強制労働があったり、自由に島からでることが出来ないという頃は確かにあったようだ。炭砿で働く坑夫やその家族がより豊かに生活できるようになったのは、戦後労働組合が出来てからのことである。それからは生活環境に制限があるものの、いち早く家電製品が普及する等、本土よりもよい生活を送っていた。労働賃金がよいということで、島に流てくる者も多かったようだ。

 著者は80年に島に渡り、その際に撮った写真を交えて、軍艦島を語る。

 が、どちらかというと建物はそれなりの工夫が凝らされており、生活しやすいようになっている。廃墟となった軍艦島に渡って目の当たりにするのは、こういったハードのの面でしかない。ほとんどが海外の設計者によって設計されたようで、その設計の大胆さ等に筆者は感心している。この島はで数千人が生活するためには本当に工夫が必要だったのだ。

 強制労働についても幾らか述べられるが、伝聞によるものであったり実に説得力がない。現在の軍艦島からそういうソフトの面はそもそも読み取れないのだ。とりあえず、産業遺構を遺産として保存すると云うことに異議申立するというものの見方があるということは理解した。

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