ざっと読み終えたものの、興味深いことがそこかしこに書かれていたので、付箋紙を片手に再読。こういった本の読み方は始めてである。まぁ、そのくらい面白かったということだ。
どちらかというとホラーというより、文化としての術であったり、それを基にする霊の出現(それがあってこその術なんだけど、段々反対のようにも思えてくる)があったりで、非常に興味深いのだ。
興味深かったことをいくつか断片的(纏めて)にあげてみると、
・病弱だったわたしが寝ていると背中から引きずり出されるような経験をし、一晩中、母親に抱き締めて貰った。それ以降、わたしは元気になった。安倍晴明の伝説にも、身固めの術といって青年貴族を一晩抱き締めて取り憑かれた死霊から守るというものがある。
・「大丈夫な人は大丈夫だし、それで憑かれちゃう人は憑かれちゃうし。運の問題かなって思いますもん。」
・葬式で塩を撒くのは亡くなった人が憑いてくるからというよりも、死の雰囲気に対して。こういう穢れは伝染するもので、江戸末期には葬式後、使用人が出歩いたため村中に死穢が伝染したという記録がある。葬式の後には、斎場でなにか一口でも食べて、それを持ち帰らないことでお清めを行う。
・悪い土地で新築の家の骨組みにお札を貼り、上からコンクリで塗り固めた。絶対に剥がれないように...
・しりとりは魔除けになる。終りのないものやそういう図形にはあの手のモノは入れない。回文にも呪術的な意味がある。
・素人は術を使ってはいけない。術には厳密な作法があり、それを守れない場合は自分に降り懸かってくる。遊び半分で九字を切るのは怖い。
・いきなり来る幽霊はほとんど性格が悪いだけ。ほぼ愉快犯みたいなもの。一番怖いのは本人に因果がある場合。
・普通の霊は本名で呼んでくる。生霊はペンネームで呼んでくる。
・三角形の土地・建物はよくない。三角に枝分かれをした股のところは、神か魔が宿る場所。ダウンジングロッドに使う木がなぜY字をしているか、川の分岐点に神社がある理由は三角形であることにある。
等々。
著者である加門という人は専攻は明らかにされていないが、多摩美の院卒らしい(ちなみにあたしの弟も多摩美出身で一級建築士をしている)。卒業後、美術館の学芸員になり、その後に作家になったと云う。伝奇関係の著書も多く、文献資料による調査もかなりのものではないかと思われる。知識に裏打ちされた体験の披露は、現象の咀嚼も楽しくなるものである。
それにしても文化と云うことがいかに重要かと知らされる。しりとりの話を聞かされると、どう考えても日本語でしか通用しない。それが霊に対しても通用するのだから、不思議なものである。日本の文化の中で生きていた者が死んで霊になるんだから、その霊に対してはその文化に纏わる術が有効と云うことなのか。いわゆる「ことわけ<言分け>」に纏わるものばかりで、本来、世界共通とも思われる生理的な「みわけ<見分け>」に関するものが少ないことが不思議である。
この本については非常に楽しめたけども、フィクションについてはどうだろうなぁ。絶対的に面白いだろうと断言できないところもある。
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