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2014.03.06

長男の入試戦線終了

 長男の大学入試が終わった。滑り止めから、ちょっと上のランクの冷やかし受験まで、4校すべて合格と云う結果になった。あたしの時は、2勝2負と云う感じだったから、ちょっと悔しい。しかも、あたしが滑り止めの積もりで受けたのが惨敗に終わったガッコにも受かっていたので、さらにちょっと悔しい。

 しかし、彼の受験と云うのには少なからず不安があった。そもそも中2の1年間は不登校で勉強も遅れ、高校受験は辺地にある偏差の低い公立ガッコしか受験させて貰えなさそうなので、結局、私立だけにした。あたしも実を云うと高校受験には失敗している。監督の伊丹十三が最終的に卒業したガッコを8割半の合格率と云われつつ、受験したのだが、ダメだったのだ。結果、あたしは男子校に行ったが、息子はもと女子校でカミさんの出身校でもある共学の私立ガッコに入った。

 別居中の長男とはそんなに頻繁にあっておらず、2、3ヶ月に一度会えば、良いくらいだった。中高、となると親と出歩きたくなくなる年頃なので仕方がない。

 たまに会って、それとなく、ベンギョのことを聞くと、これが驚かされた。受験で英語と云うのは理系文系問わず要となる教科のひとつであるのだが、英単語を全く覚えていないらしい。英語というとやはり覚えている語彙数が勝負を左右するもののひとつとなって、あたしは単語帳を作って、毎日、最低1時間は単語を書いて覚えるということをしていたものなのだが、単語を覚えようとしたことが一度もないという。カミさんに至っては、発音記号なんて読める必要はないと云う。びっくりするような、学習環境で、もちろん、学習塾とかも行っていない。これが高校1年の終わりの状況だった。

 あたしも一応、受験と云うものを体験しているので、これは苦戦を強いられるな、と思いつつ、受験などは本人の自覚で乗り越えるしかないと云うことは身に染みていたので、完全に静観することにした。

 学生時代、アルバイトと云うと家庭教師で、教えられるということの実態はよく判っていた。やる気のない者はもともとダメだし、理解は出来てもすぐに忘れてしまうという子は辛かった。ちょっとした躓きがあって出来なかっただけの子は、少し背中を押しただけで助走がついて、ぐいぐい伸びた。いろいろなタイプがあるのだけど、横から無理をいってどうにかなるような甘いものではない。勉強というか、知識を得ることの面白さと云うのは、ほんの拍子で知ることが多いのだ。

 学習塾と云うとあたしも中学に入って間もない頃に半年くらい通ったことがある。近所で姉弟が英語と数学を教えていて、馴染みの友人と通っていたのだが、ガッコの授業の予習のようなことをしていて、段々とつまらなくなったので、「今日は塾が休みなんだって」などとさぼって、その友人ちで遊んでばかりいたので、ふたり揃って、親にやめさせられた。それ以降、塾と云うものには行っていない。

 上の子について昨年末の受験校の決定の頃に聞いた話では、数学が非常に出来るということで、これも驚きだった。実を云うとあたしも高校に入る頃には理科大に入って、数学をしたいと云っていたのである。その後に物理学に変り、更に、文学になってしまったのだが。

 あたしの行った地元の駅弁大ではなく、もう一つ上のクラスの国立大を受けようかという話もあったようだが、安全圏と云うことで地元のガッコを受験した。私立については、滑り止め校とちょっと背伸びというった感じまで3校を受けた。いずれも合格してしまったようだが、私立はすべて県外であるし、学費、下宿代を考えると4倍位の費用になる。学部レベルの研究は、研究に毛がはえたくらいのものでしかなく、本当に学問をする積もりなら、院まで行かなければ意味がない。学部は地元の駅弁で十分であるということにして、私学には出さないことにした。というか、私学に行かれたら、生活できなくなる。

 ということで、長男の大学入試戦線は一応、終了した。

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