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2012年8月の15件の記事

2012.08.31

8mm映画創造の方へ 映画を超えて(1)

 あたしは学生時代、某駅弁大学の映画研究会に所属していろいろ遊んでいた。当然のように映画を撮り、あまりに熱中したため、センセからは2年間立て続けて「評価しない」という評価をされて余分に学籍をおいた。あたしの場合は、映画を撮るだけではなく、映画とは何か、芸術とは何かと云う根本的な問題にも囚われていて、それについて考えて続けていた頃でもあった。

 88年5年生の時にサークルの機関誌に「8mm映画創造の方へ 映画を超えて」という文章を掲載した。B5判に上下段28ページになる文章である。そろそろ学生と云う本業に真剣に取組まないとマズイという雰囲気もあり、サークルに対する卒論のような感じでもあった。後輩に常々、「遊びは中途半端にするな。中途半端なら単なる穀潰し。遊ぶのなら本気でやれ」と云っていたが、その結果でもある。


8mm映画創造の方へ 映画を超えて
序文(IDE vol.40 1989:p86-87)


1.映画を創ろうとするものは、他人に観てもらうということを考えながら作品を創ってはならない。
2.映画を創ろうとするものは、あえて理論を知る必要はない。特に、モンタージュ論は学んではならない。
3.映面を創ろうとするものは、既成の映画を多く観る必要はない。特に現在創られているものは観ない方がよい。
4.映画を創ろうとするものは、まず何よりも、同じ視覚芸術である絵画・写真などに、慣れ親しむべきである。

 映画のことから考えていくと、ひとまず5年間でこんなことに行き当たってしまった。ずいぶん多くのことを書いてしまった。断片的に持ち出すのは面倒だし、取っておくのはもったいないから、行き当たったことすべて(といっても65%ぐらい)を一気に書いてしまった。ゴメンなさい。といっても、文献など参考にしながら書いていると途中で新たな疑問が絶えずでてきたから、それはまだ草稿、覚え書きのようなものでしかない。おそらく、完全稿なんていうのはできはしないだろうし、またできたとしてもそれはベンを折るときだから、いつまで経ってもこんな感じのままでいたいと思う。
 いま、映画が好きかどうか尋ねられるとずいぶん困るんじゃないかと思う。いや、もしかしたら嫌いなのかもしれない。僕にはよくわからない。とにかくどっちでもいいことだ。映画を探っているうちにずいぶん多くのことが発見できたから。
 取り敢えず、映画を創ろうと思っている人には右に挙げた4ヵ条を望みたい。しばらく前から、本当の映画を創るためには、このような方法しかないと思うようになっていた。
 あらかじめ言っておきたいのは、映画に憧れてはならないということだ。決して映画に関心を示してはならない。映画よりもフイルムを直視することが大切だ。フイルムは限界を知らない偉大な道具だ。道具を扱うのは僕たち自身、そしてまた道具によって何かを創っていくのも僕たち自身だ。結局、映画は何も与えてくれないのだ。今僕たちの見直さなければならないのは、フィルムと僕ら自身じゃないだるうか。いまではもう僕らは、映画に関して創造と生産を取り違えているところまできている。ひどく馬鹿げたナンセンスなことだ。
 また、4ヵ条の中の「まず何よりも、絵画・写真など、その他の芸術に親しむべきである」に関しては、峡画を創る創らないに係わらず、映藤を観賞する全員に当て嵌まるもので、取リ敢えずは心に留めておいて欲しい。
 今回の内容に関して、とりわけ伊藤敬君との雑談というものがモヤモヤしていたものを多く明らかにしてくれた。強引に持ち掛けた話題に快くのってくれた伊藤君に感謝したい。

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2012.08.26

最近入荷の積ん読素材

 昨日の森博嗣の「常識にとらわれない100の講義」とともに届けられた一冊。「常識にとらわれない100の講義」は1時間もあれば自由分に読めたのだが、こちらはそうも行かなさそう。

 これもAERAの書評にて知った。

 またまだ読み終えていない書籍もあって、本格的な積ん読状態。本棚に入り切らずに、適当に積み置いているので、読む前に傷んでしまいそうである。

米軍が恐れた「卑怯な日本軍」 帝国陸軍戦法マニュアルのすべて
米軍が恐れた「卑怯な日本軍」
帝国陸軍戦法マニュアルのすべて

一ノ瀬 俊也 (著)
単行本: 329ページ
出版社: 文藝春秋
言語 日本語
ISBN-10: 4163754806
ISBN-13: 978-4163754802
発売日: 2012/7/20
商品の寸法: 18.8x13.8x2.6cm


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2012.08.25

森博嗣「常識にとらわれない100の講義」(12)

 AERAに書評が載ってて、ついつい購入してしまう。もう10年近く書店には行っておらず、残念ながらAERAの書評に新刊購入は大きく左右されてしまっている。

 森博嗣の著書は、押井守作品の原作として「スカイ・クロラ」01)を読んだくらいで、ほとんど知らないに等しい。しかし、何故だか書評で気になり、手にとってしまう。

常識にとらわれない100の講義
常識にとらわれない100の講義

森 博嗣 (著)
単行本(ソフトカバー): 224ページ
出版社: 大和書房
言語 日本語
ISBN-10: 4479392297
ISBN-13: 978-4479392293
発売日: 2012/7/21
商品の寸法: 18.8x13x1.8cm

 講義とあるが、常識を問うエッセイが綴られたもの。それを基に考察できれば、ということで講義と名付けられているのか。

 ほとんどのことに対して同感で、個人的には残念ながら目新しい発見はなかったが、同じようなことを考えている人がいるんだと思って、ホッとする。

 特に興味深かった2題。

 『自分の意見が正しいと信じるなら、訴える方法も正しいものを選んでほしい。』

 森は、訴える方法が正しくなければ、「同じ意見の人に迷惑をかけることになる」という。さらに「やっきになって、俺の方が正しいとしつこく主張するのは、なにか別に都合の悪いことがあるのではないか、と勘ぐられる結果になるだけだ」 これは全くの同感で、正しいことこそ静かに主張する、というのがあたしの方針である。最終的にそが正しいか正しくないかは、言論ではなく行為によって判断されるのである。

『脱線事故で大ぜいが亡くなったとき、誰も「鉄道廃止!」と叫ばなかった。』

 これは唯一、森の判断が謝っていると思われることである。「原発事故では、まだ一人も死んでいないのに、早くも「廃止しろ」と大勢が叫んでいる。鉄道と原発の差は、どこにあるのだろう。そこが、僕は今ひとつ分からないのである。」 原発に対する知識がないとこのような意見を持つことになるのだろうなと思う。列車事故は避ける努力を行えば、それが実を結ぶものであるが、原発はそうではないということだ。通常運転ではどうだか知らないが、定期検査は人の命を前提にしているし、使用済みの核燃料の後始末も出来ない状態で放置し続けている。こういった現実を知らずに、「鉄道と原発の差は、どこにあるのだろう。」というのは恥ずかしい。原発は人類の手には負えない代物であるという認識が必要である。

 ちょっと痛いところもあるが、まっとうな常識を身につけるためにもう一度考えてみるのが望ましいことが実に多く掲げられていると思われる。

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2012.08.24

山本美香と如月小春

 先日、シリアで取材中に亡くなった山本美香の映像を見ていて、あるひとを思い出した。劇作家の如月小春である。山本を見る角度によっては、如月に非常に似ているのである。

 如月小春のくも膜下出血による死は突然で、驚かされた。彼女の本業の演劇は見たことはなかったが、コメンテーター等で見かけることが多く、雰囲気のある人だなと思っていた。彼女が亡くなったのは2000年12月19日で、もう12年が経つというのに驚く。ちなみに彼女の命日は下の子の誕生日だったらしい。

 山本は45歳、如月は44歳で亡くなった。彼女らを見ると、40半ばなんてこれからだ、という感じがあって、これからの人が亡くなってしまったという感が強い。しかし、自分はどうか。志半に倒れたにせよ、彼女らの偉大さを知る。

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2012.08.21

やっぱり秋

 朝、職場に着くと相変らず31℃はあって、仕事が終わる頃にようやく28℃くらいまでになる、という日々が続いているのだが、夜半近くなっての涼しさはやはり秋の予感である。

 書斎は気温的には28℃くらいまでしか下がっていないのだが、それでも下着のままで過ごしていると涼しさを感じる。そこに扇風機の風が直接あたるともう、寒いと云う感じがある。

 数日前の明け方に寒さで目が覚めた。手元にあった服を体に掛けて、そのまま寝た。しかし、その日の当地の最低気温は24.5℃くらいで、ようやく25℃を下回ったくらいなのだけど、それでも十分に涼しく感じる。おそらく風が吹き始めて、それが冷たく感じるのだろうと思う。

 日中は十分以上に暑いのだが、そろそろ寝方には注意をする必要がありそうだ。

 ダイソーで数年前に買ってきた製氷皿のうちのひとつにひびが入ってしまい、半分くらいしか氷が作れない。さらにひびから水が漏れて冷凍庫の床が氷で敷き詰められている。新しいものを買うか買わないか、悩んでしまう時期。

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2012.08.19

久しぶりの夕立

 昼過ぎに大雨が降る。

 それまで天気が良かったのだが、いきなり土砂降りになる。30分程度の雨だったが、36mmの降雨。間もなく、何事もなかったように晴れる。

 関東の方ではヒートアイランドのため、ゲリラ豪雨というのが頻繁に生じているようだが、当地ではこういった夕立のような雨がが少なくなったような気がする。

 夕方、帰宅しようとすると突然の大雨に見舞われる。10分くらいの雨だけども、暑い空気が冷やされて涼しくなるものの、びしょ濡れ。というのが、よく体験するパターンだったが、すっかり体験することがなくなっていた。

 今回の雨も洪水警報が発令されたものの、半時間程度であがったので、全くの被害はなかったのだけど、最近よくある水害ではこれが半日くらい続いている訳で、気象の怖さを感じる。

 気候が変わりつつあるのは確かで、まぁ、これはやむを得ないこと。いかにして上手につきあっていくか、考えるしかない。

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2012.08.18

いまどきの子供にとってのYMO

 あたしにとって、音楽とはインストルメンタルを指し示す。音楽というものを認識したのは、スクリーンミュージックからであり、これらのほとんどは歌詞がない。その頃よく観ていたのは洋画で、歌詞があっても外国語なので、歌詞の意味を味わうと云うより、やはり音楽の一部として捉えていた。そんな訳で、歌がメインな日本の歌謡曲はほとんど聴けない。

 中学頃に流行ったYMOはそれなりに虜になった。あの電子音と和音は音として刺激的だった。リアルタイムに接し始めたのはやや遅れて3枚目の「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」からだったが、それから散開するまではマメにアルバムを聴いていた。

 YMOはすでに30数年前のことになるのだが、週末の恒例で遊びに来ていた小6の下の子にどんな反応をするのか聴かせてみた。もちろん、最近、流行っているような曲でないので、いつ頃のものかと尋ねてき、30年前、と教えるとひたすら驚いていた。

 こんな電子音を使った曲がその頃にあった事が信じられないらしい。下の子はとにかくPCに興味があって、その歴史を探っていたりするのだが、もちろん、70年代後半はコンピュータは一般的ではない。実際に、YMOの演奏ではシンセを演奏するプログラムを専門で行っているメンバーもいたし、音を出すこと自体が今のように簡単ではなかった。

 しかし、楽曲としてもしっかりしていて、それが凄いと息子は云う。

 あらためて聴くと実にシンプルな音の出し方なのであるが、それでもメンバーの音楽的な才能のためか、実に豊かな音楽なのである。

 オリジナリティの力強さを感じいる。

 ピンク・フロイドのThe Dark Side of the Moonなんてもう40年にもなるんだけど、まったく古さを感じさせないこと。

 今ではネットを使えば簡単に名曲と云うものに触れることができる。流行って身近にあるようなものばかりでなく、いろいろなものを発見して欲しいと思う。

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2012.08.16

職場で毒を吐く人

 民間に習って役場でも能力主義というのが云われて、久しいが、この能力というものばかりで評価してよいのかと疑問になる。

 若手の臨時の女性職員がいて、3年の任期が間もなく終わるという頃で、新しく異動してきた正規職員よりも業務に精通していたりするのだが、どうにも彼女には劣っていると思われる人間をあからさまに見下すところがある。二回ちかく歳の離れた上司を茶かすことも少なくない。私は本人の前でちゃんと云う、などと、嫌味のようなことを平然と云う。

 正直云って感じが悪い。不愉快になることが少なくない。だけど、仕事が出来るということで、周りからはそこそこ評価されている。でも、やっぱりそれは違うんじゃないかと思う。

 職場の雰囲気がギスギスするのは、第一に避けるべき事であり、業務の効率なんて、それを排除してからの話である。仕事が多少出来なくても、和やかな雰囲気を作る人ならば、周りの人間もフォローして一人前の仕事をさせることは可能である。

 自分がちゃんと仕事が出来ているかどうか気にすることも大切だが、それよりも周りの人間に気配りが出来ているかどうかも気に留めておきたいと思う。

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2012.08.15

日暮れが早くなる、と、弟のこと

 他愛のないことなのだけど、日暮れが早くなって7時には日没するようになってしまった。これからは1分ずつ、日暮れが早くなる。

 何だかそれだけで、寂しくなるんだよな。

 先週の金曜日から帰省していた弟が今日、東京に帰ったので、一緒に遊ばせていた下の子を引き取りに行く。ずーっと遊んでいたようで、月曜日は日帰りで九州の阿蘇山まで行っていたようだ。

 車の運転は弟がしていたらしく、下の子はあたしとは違ってかなり下手だったと愚痴っていた。彼の運転の下手さは免許を取得してからのことで、おそらく性格も関係しているのではないかと思う。あたしはブレーキングにしても、少しでもショックを与えない方法で行うというのを意識していて、これがすでに習慣になってしまっている。こういうのを考えないと、粗暴な運転になるのもやむを得ない。何も気にしていないというのは、何よりも良くない。

 こういったことはあらゆる事に関していて、弟の最も嫌なのは、音を出してものを食う、ということである。中学時代からすでに虫酸が走っていたのだが、いくら注意しても30年間変っていない。別に大したことではないかと云われるかもしれないが、やはり上品とは云えず、人格を疑ってしまう。これも注意をし、ひと月も意識してやっていれば、習慣的に静かに食えるようになるものなのだが、どうやら、そんなことには関心がないらしい。

 ということで、弟とは根本的に理解しあえない仲なのである。

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2012.08.12

親はなくとも子は育つ

 お盆休みに弟の帰省に合せて従姉妹親子も遊びに来ていたのだが、この従姉妹というのが10代の頃は素行が随分と悪く、母親が早くに亡くなったため父親が育てていたのだが、面倒を見きれないということで実家で一時期預かっていた。今回、10年ぶりに会った。

 まぁ、従姉妹は困ったちゃんだったことがあったのは事実だが、37歳にして息子は高校3年生、来年からは働くことになっているらしく、すでに母親と一緒にホタル族を決めこんでいたりするのだが、極めて普通の少年で、ひねた感じは全くない。荒れた家庭に育った子供はひねることが多いのだが、実に素直に育っている。家庭環境がそんなに悪くはなかったのだろうと思う。

 一方、弟の方がまずい。子供は中1のお姉ちゃんと小5の弟なのだが、弟は下の子に本当に細かく指示を出す。早く起きろ、歯磨きをしろ、ご飯は好き嫌いして残すな、宿題をしろ、歯を磨け、10時だから早く寝ろ。子供だから、適当にやってしまうだが、それを逐一、正して、ちゃんと行うように厳しく云う。

 あたしなんて最小限のやっちゃいかんことをやるなとしか云わないことにしていて、まぁ、いろいろ気に食わないことがあっても本人の主体性に任せている。人間なんてどうにかしようと思っても、そう簡単なものではない。主体性をうまく使って、それで動かす方が楽であるし、それしか方法はない。

 弟に云わせるとおとなしく見える彼の息子は家では非常に反抗的で手に負えないらしい。数日前は、アイロンを親に向かって投げ付けたという。

 弟は自分が子供に対して過干渉であることに気がついてないらしい。あたしも弟の子供に対する物言いがあまりにも酷いので、ついつい怒ってしまったのだが、弟に云わせると3歳年上のカミさんが日常的にやっていることであり、自分もそれに倣わなければ彼女から怒られるからやっているという。

 甥っ子は昨年は奇声をあげるといったチック症があって、ストレスを感じているのは明らかだったが、今年はそれがなかった。しかし、その奇声をあげるような症状についても、静かにしろ、と怒りつけていたのには驚いたものだ。当事者は何も見えないものらしい。

 うちも家庭環境と云えばぐだぐだで、カミさんと子供と別居してすでに3年半になるのだが、子供はグレている様子もなく、至極素直に成長し、子供と会えば普通にコミュニケーションが取れている。こちらが信頼をしていれば、手取り足取りしなくても、それなりに大きくなってくれるものなのである。

 甥っ子については親に悪意を持ってもおかしくない状況で、そのことに早く弟も気づいて欲しいと思う。子供は所有するものではなくて、所詮、預かりものである。ちゃんと自分のところから巣立てるようにすることを考えるべきである。現状が続けば、子供に殺されることがあったとしてもやむを得ない。

 これは親子関係だけではなく、職場関係でも同じ。少しでも気に食わなければ、逐一、正そうとする上司は部下を敵に回すだけで、それは最終的に部下から裏切られ、見捨てられることにもなりかねない。

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2012.08.10

弟の帰省

 世間ではお盆休みに入るということで、弟が子供2人を連れて帰省する。子供が大きくなったからか、以前は数年に一度本人だけがやってきていたが、ここ数年は子供を連れてきている。今年は更に従姉妹も呼んでいるという。神戸生まれの神戸育ちで、母親を早くに亡くして素行が悪くなったことがあり、10代の後半に数ヶ月間、実家で預かったこともあったのだが、一児の母になり、10年程前の祖母の葬式の時に会ったばかりである。彼女も一人息子を連れてやってきた。

 実を云うと下の子は昨日から一足先に実家に来ている。彼は何故だか判らないが、実家が好きでしかも泊まりたがる。よく判らないヤツである。

 仕事を終えて、実家に行くと、弟は昔の仲間との飲み会に行っていたようだが、配偶者なしの3家族ほどが来ているだけで、寝る場所がようやく確保できる状態で、昔の大家族ならどうなるのだろうと思う。

 そう云えば、父方の一族はこの時期の休みには一族が集まって旅行に行っていたものだった。移動は公共交通機関やマイカーではなく、マイクロバスを借りて行っていた。伯母は美容店をやっていたので、そこの従業員も何人か来ていたような気がする。どのくらい続いていたのかは知らないが、少なくともその一族旅行には2度は参加して、小豆島や鳥取砂丘を訪問した。

 弟は金曜から水曜まで滞在するらしく、従姉妹は日曜の夜には高速バスで帰るらしい。あたしも仕事はカレンダー通りなので日曜の夜には戻る。

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2012.08.08

下の子専用のPCを購入する

 ついに下の息子専用のPCを買う。彼は、週末となると別居しているアパートからやってきて、一日中、あたしのPCを占領して、ネットサーフィンやら何やらする。朝の10時くらいに来て、帰るのは早くて夜の10時である。土日はその間、あたしはPCを使うことができない。

 最近はネットサーフィンだけでなく、ベーシックのプログラムをやってみたいといい始めた。PC98のようなクラシックパソコンに興味を持ち、そこで走らせるBASICを動かしたがるのである。いつの間にかエミュレータやらを勝手にインストールしているし、そのままだとPCを壊されかねないので、PCを買うこことにした。

Lenovo G570シリーズ LEDバックライト付15.6型 HD液晶 Celeron B800 ノートブック ブラック 4334-72J
Lenovo G570シリーズ LEDバックライト付15.6型 HD液晶 Celeron B800 ノートブック ブラック 4334-72J

 ネットブックOSのWindows7 Starterは使えないOSなので、それ以上のクラスのインストールされている、一番安いくらいのマシンを探した。

 ノートPCはサイズが大きくなると安くなるものなのだが、ちゃんとしたOSも入って3万を切るというのが信じられない。以前はOSだけでも2万円で買えなかったような気がするのだが。

 夏休みに入っているので、昼過ぎから家に待機させておいて、宅配で届けられ次第自由にさわって良いと云っておくと、帰宅した時にはちゃんとOSを起動させて、いろいろ触っていた。さすがにネットの接続はさせたことがないのでスタンドアロンのままだったが、ルーターのパスの書かれている場所を教えると自分でWiFiを設定して、いつものようにPCを扱い始めた。

 PC98のBASICはあたしも大学の研究室のPCで触ったことがあったが、コマンドの使い方が理解出来なくて、サークルひとつ描けずに放置してしまったものである。現在のトレンドとしてはJavaを是非とも修得して貰いたいのだが、どうなることやら。というか、下の子についてはJavaくらいは後々の飯の種として扱えなければ、良くないと思っている。

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2012.08.03

HNK死亡

 変な云い方になるが、"NHK死亡"と云った感がある。

 いやいや、オリンピックが始まったのはどうでもよくて、まぁ、ニュースとかで取り上げらるのはしばしの間目を瞑ってやろうと思っていたのだが、NHKがここまで中継をたれ流すとは思っていなかった。

 最近は、TVというとNHKしか見ていなくて、民放のニュースさえ辛くなりつつあった。ほとんどが、中身のないバラエティだけになってしまった民放の存在はあたしにとってないに等しい。

 唯一、見ることを許されていたNHKがこんな凄まじい状態になるとは思ってもいなかった。

 あっという間に半月ばかりは過ぎてしまうだろうとは思うけど、これはもっとDVDソフトを見ろ、ということらしい。

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2012.08.02

夏も真っ盛り

 そう云えば、ガッコも夏休みに入ったようで朝の出勤時に高校生の自転車の連中がほとんどいないというのがありがたい。同僚にはこの高校生とやらが嫌いで、彼らが通学を始める前の電車に乗るという。いったい、何時に職場に着くのかは知らないけども。

 出勤すると、職場が完全に温まっていて、朝いちの気温が32℃くらいある。この気温は、自宅と同じくらい。家での気温は下がって30℃、上がると34℃。平均すると32℃くらいか。職場では始業になってから空調が入るのだが、かなり緩めである。当地の原発も止まっているので、節電を積極的に行っていて、昨日は「消費電力が一定量を超えた場合は、冷房を中断する」といった旨の通達があった。

 しかし、昼くらいにようやく30℃くらいまで気温が落ち、定時間際に29℃くらいまで下がるのだが、空調が止められるので、一気に31℃くらいまでになる。あたしは暑さには慣れているので、そんなに辛くはないが、世の中には暑がりの人間もいるようで、彼らは地獄にでもいるようなことをいつも云っている。

 この4月に新しい係に変わって、もう4ヶ月になるのだが、そんなに経ったという意識はない。本当に時間が過ぎるのが早い。あっという間にこの夏も終わってしまうんだろうなと思う。なるたけ夏を愉しみたい。

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2012.08.01

今村昌平「復讐するは我にあり」(79)

 今さらながら、今村昌平の「復讐するは我にあり」を観る。

 実際にあった連続殺人事件を題材にした作品で、概ね事件をそのまま追っている。実話が元になっているため、やはり物語的には平べったくなって仕舞うのは仕方がないのだが、それにも増して、役者の素晴らしさを堪能できる作品である。

讐するは我にあり
讐するは我にあり

監督: 今村昌平
出演: 緒形拳, 小川真由美, 倍賞美津子, フランキー堺, ミヤコ蝶々
ディスク枚数: 1
販売元: SHOCHIKU Co.,Ltd.(SH)(D)
DVD発売日: 2012/02/22
時間: 140 分_

 殺人をいとも簡単に繰り返してしまう主人公を演じるのが緒形拳。いい加減な無茶苦茶な面があるものの、大学教授や弁護士を装って詐欺を行う。硬軟を無理なく演じられるのは、役者の持ってる懐の深さだと思う。だから、女たらしをやってみせてもおかしくない。あらためて、緒形拳の凄さを知る。同じような怖さを持った役者は、ビートたけしなんかもそう。

 女優も小川眞由美が色っぽい。このような役者は現在はいないんじゃないかと思う。昭和の頃なら、草笛光子や八千草薫とか、いかにも女性を感じさせる役者は幾らでもいたのだが、今は単に美人が居るだけでしかない。体から輝きを放っている役者は今はいない。

 全体的にはどうだかと思うのだが、役者の演技を堪能するのには最高の作品。全出演者の演技がとにかく素晴らしい。

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