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2012.06.16

6歳未満脳死判定

 昨日、国内初となる6歳未満からの臓器提供が行われたようだが、複雑な心境である。亡くなったのは男児らしいが、両親は少しでも死んだ子供の体がどこかで役に立って、生きていて欲しいと願ったのだろうと思う。

 あたしは生体死を前提とした臓器移植は反対である。そうではない角膜、骨髄移植については賛成で、ドナー登録もしているが、腎臓をひとつ残せば問題はないといったケースを除く、臓器移植が認められるのに非常に違和感を感じるのである。

 やはり人が死ななければ出来ない、という事は、脳死判定が出来ようが出来まいがやってしまうのは拙いと思う。実質的に人の死を誘うことを前提に行われることは、それが可能でもやってはいけない事ではないか。

 核利用についても、人間が完全に制御できるものではないし、運用においては携わる人間の健康を害することが絶対前提となる。

 踏み入れてはならないと思われる領域に、いとも簡単に立ち入ってしまう。それを決定する人たちは何の違和感も感じないだろうか。出来るからするのか、それとも金のためか。過ちの綻びは段々と大きくなる。早いうちに誤りに気づくべきである。

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