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2011年7月の24件の記事

2011.07.31

トビー・フーパー「悪魔のいけにえ」(74)

 昨日、ドライブに出かける前に届けられたのが、トビー・フーパー「悪魔のいけにえ」のDVDだった。中古のものを購入したのだが、定価の1/3以下の価格だった。

 ドライブを終えて家に帰ってきて、下の子と一緒に見る。怖いのは嫌い、と云っていたが、これを見ればインターネットをしてもいいと、かなり強引に見せつける。

悪魔のいけにえ スペシャル・エディション コンプリートBOX(3枚組)
悪魔のいけにえ スペシャル・エディション コンプリートBOX(3枚組)

監督: トビー・フーパー
出演: ポール・A・パーティン, マリリン・バーンズ, ガンナー・ハンセン
ディスク枚数: 3
販売元: ビデオメーカー
DVD発売日: 2007/07/13
時間: 84 分

 あたしはB級映画も大好きで、色んなホラー映画を見ていたが、これは何故だが見たことはなかった。監督のフーパーはスピルバーグ組のもとで撮った「ポルターガイスト」の頃から知っていたが、それ以降の作品の出来には頭を抱えさせられたものだった。

 怪談師の間でもこの作品は定評で、一度見ておかないといけないと思ったものだった。

 子供と見たのは、テレビ東京で放映時の日本語版だった。下の子なら十分に字幕でも問題なさそうな感じもあったのだが、見やすいということでこのバージョンを鑑賞する。TV放映ということで、ビスタをトリミングしたスタンダード版そのままが低画質で収録されていた。

 ところどころ、怖いといっていた子供なのだが、最後はむふふふと笑っていた。

 映画は時系列に従って見ていくのが一番しあわせと実感した。エポックメイキングと云われるものはなかなか際どい存在のようだ。

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2011.07.30

20数年目の峠

 週末の毎度の下の子とのドライプ。今日は先日断念した林道の走行を再び試みる。

 この林道の半ばには、窓峠というシャレた名前の峠があって、学生時代に道路地図で発見して以来、走破を4、5回試みたことがあったのだが、いずれも失敗していた。第一の関門は、県道が終わり、林道の入り口になるところの川である。

 コンクリート舗装道路のまん中を川が流れている。橋はなく、そのまま渡河しなければならない。小川なのだが、水量が増えると水深20cmくらいにはなる。原付で来た時は、ここでそのまま引き返したし、先日来た時も水量を確認して、そのままここで引き返した。本日は数センチの水深だったので、ついに完全走破を試みることにした。

 この林道は隣町から始まる10km程度のものなのだが、半分くらいはさらに向うの町のものとなる。実を云うといろいろネットで調べていて、隣町の部分の多くはダートなのだが、向う町はほとんど舗装されているということだった。ダートもフラットで比較的走り易いらしい。

 ということで、この川を軽く渡って、林道に入る。

 林道は狭く、うちのヴィッツならそれほど路肩を気にしなくても良いと云う程度で、大きめの車なら怖い道かもしれない。一級河川の上流を辿るような林道なのだが、ガードレールなんぞ全くなく、道を踏み外すと崖を落ちて川に落ちるといった状態である。離合は不可能で、離合できるような広さを持ったところもほとんどない。対向車が来ないことを祈るばかりの道である。

 コンクリート舗装は1km程度で終わって、ダートに入る。別にフラットであれば砂利道は怖くはないのだが、様相が変わってきた。

 道が侵食されてきて、轍が恐ろしく深くなったり、のたうち回るように溝が走るようになる。さらに路面はにぎり拳大の浮き岩で一面埋めつくされている。どうやらしばらく前の大雨で斜面が崩れたり、雨水の流水で道が荒れてしまったらしい。

 どう見ても、ごく普通のFF大衆車で走るような道ではない。しかし、延々バックで林道を抜けるような気力はないし、向う町に入ると舗装されているということで、このままこの道を走り抜けることにする。さらに最悪なのは、林道に入る頃からすでに携帯電話が圏外であり、何かあった場合は林道を歩いて下りて助けを求めなければならないことだった。

 轍に入り込むと車の底を擦るのは目に見えているので、轍を大きく外しながら走るのだが、乗り上げた岩にタイヤがすべりハンドルを取られる。車をひたすら上下左右激しく揺さぶり、5秒に一度は車底を激しく岩を擦りつけながら走るのは恐怖以外の何ものでもない。助手席の子供もかなりビビッているようで、車が動かなくなったらちゃんとJAFが来てくれるのか、しきりに尋ねてくる。喚ぶことができれば、もちろん来てくれるはずだ。

 車の底をあまりに擦りまくるものだからオイルパンが壊れないか、気が気ではない。途中、何かが割れるような音もしたりする。

 こんなガレ場(岩道)でFF車がスリップでもし始めると絶対に抜け出せなくなるのは、火を見るより明らかである。車が壊れずに動き続ける限りは絶対に止めないというつもりで、とにかくアクセルを踏み、一定の速度を保つ。轍を避けようとして横に避けると踏んだ岩が崩れ、その勢いで崖側に落ち込みそうになった時は、さすがにビビった。すぐにハンドルを返すとそのまま、道に戻れたので助かったが、極度の緊張で手足が震える。

 道が酷く荒れていたは1km強くらいだったが、まったく予期しないことだったし、これまでのドライブでは最悪というものだった。車を痛めずにそのまま走り切れたのは幸運だったと思う。こんな状態であると知っていれば、普通車では絶対に踏み込まない道だ。また、荒れた道は速度の制御のし易い、勾配のある上りだったので良かったと思う。下りであの道を走る自信はない。

 路面の荒れ方、崩れ方は半端なく、実際に、この先も本当に道があるのかと不安になるほどだった。カーナビがちゃんと林道を走行しているのを示しているから、とりあえず道が続くことを信じて走り続けたのだが、ロードマップだけなら、間違いなく、このまま進んでもいいのか途方に暮れていた筈である。

 それ以降もダートは続くのだが、フラットな砂利道で、すでに快走路としか感じない。

 標高600m強の峠からの風景。見通しが今ひとつよくないのだが、これが20数年、あたしが見たくて仕方のなかった風景らしかった。

 それから少し下ったところで、視界が開ける。隣町では植林はあまり行われていないようで、林道もまともに整備されていないのだが、こちららは林の中を通り、綺麗にコンクリート舗装されている。この林道区間の舗装はすべて簡易なコンクリートでアスファルトは全くない。

 10kmあまりの林道を10分ほどの途中休憩を入れても、30分くらいで走りぬけたのだが、心底、疲れたドライブだった。ちなみに後から知ったのだが、この林道は出る、という噂があるらしい。とうぜん、何も見なかったのだが、これまでに何本か林道を走ってきているが、そのなかでも雰囲気は良くないのは確かである。安らぎは余り感じられず、暗い、鬱とした感じが全体に漂っていた。

 林道を向う町に抜けて、すぐに見かけた古民家。趣きがあって良い。こういった様式に美しさを感じるのはどうしてだろう。こういった佇まいの民家もあと2、30年すれば、観光地でしか見れなくなりそうである。

 ひたすら疲れながらも、この後、広域農道を2本、初走行して、本日のドライブを終える。新しい農道は幅員もしっかりとられて整備されていて、さらに信号も少ないことから、国道よりはるかに走りやすい、感動的なものだった。

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2011.07.28

訃報 小松左京

 小松の親分さんが亡くなっていたらしい。

 左京の姿はこの10年、とんと見ていない。以前は大きなイベントを企画で引っ張るとか、作家以外のところで随分と活躍していて、やり過ぎという感もあったのだが、この10年間は淋しいものだった。

 彼の作品は長編ベストセラーの『日本沈没』(73)以外は短篇ばかりしか読んでいない。彼の短編で好きなのは、怪奇ものである。左京は一般的にはSF作家とされているが、怪奇、恐怖ものの短編はむしろ純文学的な風格も持ち合わせていると思う。

 そんな短編の中で忘れられないのが『くだんのはは』である。終戦間際の芦屋を舞台にした小説なのだが、悪いことが起こる前兆として産まれる件(牛人間)を取り扱っている。この件はの存在は都市伝説なのだが、最近では阪神大震災の時に目撃されたともいう。そんな件を描くこの小説は、作り話であることは明らかなのだが、妙にリアルで重く、心の奥底はまり込んで抜けない。最初に読んだのは高校の頃だと思うので、もう30年近く前のことになる。

 日本SFの重鎮御三家の星新一、小松左京、筒井康隆のうち、2人が逝ってしまった。ツツイはいつまで頑張ってくれるんだろうか。

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2011.07.25

大陸的流儀

 中国でおこった高速鉄道の事故なのだが、事後処理の仕方はさすがだと思った。

 事故を起こした車両をそのまま埋めてしまうという力業は思い浮かばなかった。あの国はいろいろな出来事をなかったことにするというのはこれまでもままあったものだが、今回は白昼に報道のいる前でやって、公然となかったことにしようとしたものだから、これは見事である。

 一部では、死者36人以上の事故が起きた場合、市共産党委員会書記が更迭されるという噂があり、今回の死者もその数である。死者の数をそれ以上にしないために、生存者捜索も中止して、穴に埋めてしまって終わったことにしたのかもしれない。

 人口が多くて人が溢れ返っていると、2、300人の犠牲者なら数のうちに入らないのかしらん。

 日本の感覚で云うと、1世紀ぐらいずれているかもしれない。

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2011.07.24

アナログ波終了

 いつの間にかアナログ地上波の終了する日になっていた。切り換えが正午というのは、数日前まで知らなかった。

 あたしは4月にTVを買っているのでこの混乱には関係がないのだが、あれよあれよとこの日を迎えてしまい、TVが映らなくなった人も随分といるに違いない。

 しかし、世間のTV離れも進んでいるようだ。うちの職場の若い女の子もほとんどTVは見ないといっていた。新聞も読まないし、ニュースは何処で手に入れるの、と尋ねると携帯だという。いわゆる小型PCのようなスマートフォンでもないごく普通の携帯でどこまでニュースが手に入れられるんだろうかと不思議になる。

 あたしはNHKと報道系番組以外はすべてみないようになってしまった。民放の番組の質の低さはあまりのもので、見る価値があるように全く思えない。民放はやがて見捨てられるという事に対する危機感を持っていないのだろうか。

 アナログ波の終了が、TV文化の終焉に拍車をかけないことを祈る。

 ちなみに加入しているCATVではデジタル波をアナログに変換して配信しているようで、アナログTVも問題なく見れている。これも一年くらいのサービスらしい。

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2011.07.23

峠越え

 朝の9時過ぎには下の子がいつものように遊びに来たものの、ずーっとTVゲームをしたり、昼飯を作って食っていたりすると、外に出るのは4時近くになっていた。

 以前、峠まで行ったものの、そのまま引き返してきた林道があった。雨がひどく、あまり先に行く気になれなかったのだ。写真は今年1月7日に撮ったものなのだが、この中央に壁のようにそそり立つ山を越えて隣町に行くというのがその林道である。林道は昔からの街道で、途中、キャンプ場があったりして、一車線道路であるものの離合困難なところは少ない比較的まともな林道ではあるのだが、山は1000mを超える高さで道は勾配がきつく、山も深い。

 今日は晴天で、ところどころ下界が見わたせ、さらに高度なので涼しく、清々しいドライブだった。新しくできたトンネルを超えると峠で、そこからは隣町となる。カーブの続く道を暫く下ると馴染みの道に出て、地元に戻る。

 日暮れまでには暫く時間があったので、海岸に行ってみる。

 ベタであるけども、夕陽の海は美しい。

 帰りに商店街で夜市をしていたので、綿菓子を買って食べる。あたしはこの綿菓子というのが好きで好きで、摘まんで千切ったのを口に入れると何とも幸せな気分になる。子供も嬉しそうに食っていた。

 晩飯は焼き飯を作って食べる。子供には1合ほどよそってみたら、そのまま全部食ってしまった。よく食う。腹が多少たぶついているようなのだが、日頃から結構食っているのではないかと思う。

 11時すき、子供をアパートに送り届ける。

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2011.07.20

570,000番目のお客様は...

 15,000番目、20,000番目、25,000番目、30,000番目、33,333番目、34,567番目、40,000番目、44,444番目、50,000番目、55,555番目、60,000番目、66,666番目、70,000番目、77,777番目、80,000番目、88,888番目、90,000番目、99,999番目、100,000番目、101,010番目、111,111番目、123,456番目、130,000番目、131,313番目、133,331番目、140,000番目、150,000番目、160,000番目、170,000番目、180,000番目、190,000番目、200,000番目、210,000番目、220,000番目、222,222番目、230,000番目、234,567番目、240,000番目、250,000番目、260,000番目、270,000番目、280,000番目、290,000番目、300,000番目、310,000番目、320,000番目、330,000番目、340,000番目、350,000番目、360,000番目、370,000番目、380,000番目、390,000番目、400,000番目、410,000番目、420,000番目、430,000番目、440,000番目、450,000番目、460,000番目、470,000番目、480,000番目、490,000番目、500,000番目、510,000番目、514,926番目、520,000番目、530,000番目、540,000番目、550,000番目(560,000番目は忘れてました)に次ぐ71度目のキリ番プレゼントで、今回は570,000番のキリ番です。

 読書グッズP-hookのプレゼントを希望される方はこの記事の "1万5千" を "570,000" に読み替えて、気に留めておいてください。

 肝心のカウンターですが、タイトルの右上に灰色で非常に判り難く居ります。シンプルなのが好きなので、カウンターはこのくらいの存在感があたしの好みです。

 なお、カウンターを気にしていなくても、キリ番を踏んだ人にはメッセージが表示され、見落とすことはない設定を施しています。

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2011.07.19

訃報 原田芳雄

 先日公開された映画の舞台挨拶で、悴れてすでに口も利けないような原田芳雄の姿を見て驚いたものだが、それから間もなくこの訃報が入ってきた。

 常に主役を張るような役者ではなかったと思うのだが、実に存在感のある人だった。そうして変な懐の深さもあったように思う。

 訃報を聞いて、この人でも死んでしまうんだな、という感じ。

 たまに姿を見たいと感じる人がいなくなるのは淋しい。

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2011.07.18

3連休

 この3連休は弟が下の子と一緒に帰省したので、あたしも下の子と一緒に実家に顔を出す。そんなに長居をするつもりではなかったのだが、カミさんから泊まっても良いという許しが出たようで、ついつい弟親子と一緒に2泊してしまう。

 うちの子と甥っ子は4ヶ月ほど誕生日が違うだけなのだが、うちの子の方が一学年上になる。うちの子は学習障害というとで支援学級に入っているのだが、甥っ子もそれに負けぬ感じがある。いやいや、あれだと結構苦労しているのではないかと思う。かなり事細かに云われているようで、そのストレスのためかチック症が出ていた。チック症がストレス障害だと知っているのか知らないのか、弟が奇声をあげるのを制しているのが酷く気になった。

 一日目は夕刻に着いたので、そのまま実家で飯を食って終わり。二日目はショッピングセンターに行き、そして外食し、海などこれまで数回しか見たことがないという甥っ子のために海に行く。10年間生きて、海をまともに見ていないというのはちょっと想像できない。当地では海も深い山も30分もあれば十分に辿り着く。それらを見ない生活は息苦しい。三日目は何処行くでもなく、昼過ぎに実家を出る。弟は夕方の航空便のチケットを持っていたのだが、台風が接近していると云うこともあって、空港に行って早めの便に変更したようだ。飛行機が止まると新幹線では必ずしも帰ることが出来るとは限らないらしい。

 実家を出たものの、そのまま帰るという事はあり得ず、またまた4時間ほど隣町へ悪路を使って、ドライブ。

 下の子の好きなざる蕎麦を作って、カミさんのいるアパートに返したのは夜の10時。何をするでもないけども、なかなかあっと云う間の3日間だった。

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2011.07.15

首相の個人的意見

 首相が今日の閣僚懇談会で自らが表明した「脱原発依存」について、「私個人の考えだ」と説明したらしい。

 おそらく周りから激しい批判があってそんな云い方しか出来なかったんだろうけど、トップに立つ人間は個人的意見なんて云っちゃいけない。軽々しく発言をするのは絶対にやめなきゃいけない。それが、組織を引っ張るということである。

 もうね、基本が全然なっていないし、いちゃいけないところに居るというのは火を見るより明らか。

 今日の夕暮れ。日が沈んで10数分。夕陽の綺麗なシーズンになった。

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2011.07.14

必殺!上司の卓袱台返し

 首相の女房役である官房長官が昨日の首相記者会見について、さっそく、「首相は脱原発依存とは言っていない。原発への依存を段階的に減らす先の目標を示した」と述べて、意見をひっくり返した。

 やれやれ、これは何なんだ。脱原発宣言は一日限りの有効か。

 おそらく周りからかなりの苦言があって、このような発言をしなくてはならなかったのだろう。

 しかし、それでもまともな状態とは云えない首相の周辺。首相がお飾りになっているというような生易しいレベルではなく、アホが要らんことを云ったくらいの状況になってしまっている。これには驚いた。

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2011.07.13

小出裕章「原発のウソ」(11)、そして脱原発首相記者会見

 ベストセラー本を購入するのは久しぶりのことだ。5月23日の参議院行政監視委員会で参考人として発言した小出裕章の著書である。

 この書籍の内容は参議院行政監視委員会での発言内容をベースに、更に詳細が解説されたものである。この発言を知っているのなら、大きな発見はないが、それでも現在起こっていることのことの重大性がひしひしと伝わってくる。

原発のウソ
原発のウソ

小出 裕章 (著)
新書: 182ページ
出版社: 扶桑社
ISBN-10: 4594064205
ISBN-13: 978-4594064204
発売日: 2011/6/1

 とにかく原子力を扱うということは危険であり、なおかつ、その危険性の解消は不可能であり、永久的な禍根を残すだけのものである。ということが明らかにされる。

 こういった事実を示されると、反原発の者はともかく、それほど関心のなかったあたしのような者でも、このままではマズいと思わされてしまう。

 最悪のケースを示してビビらせるのではなく、専門の科学者として冷静に事実を積み重ねて解説するものであるから、その説得力はかなりのものである。原発推進派の人はここに示されていることに対してどのように反駁するのか見てみたいものである。

 電気が必要だから、頭上の棚のうえに猛毒を置いておいても良い、という理論は理解できない。

 そんな書籍を読了した今日、首相が原発、原子力について記者会見を行った。

「そういった中で、私としてはこれからの日本の原子力政策として、原発に依存しない社会を目指すべきと考えるにいたりました。つまり、計画的、段階的に原発依存度を下げ、将来は原発がなくても、きちんとやっていける社会を実現していく。これが、わが国の目指すべき方向だと考えるにいたりました。」

 今までの政府からは絶対に出てこないだろう発言である。退陣すると云われている首相で、この発言が後にそのまま引き継がれるかは極めて疑問ではあるが、とにかくこういった発言が国の指針として云われるのは好ましく思う。

 ただし、事故収束の工程のステップが順調に進んでいて、間もなくステップ1が終了するという見解には驚いた。首相としてはそのようにしか云えないのだろうけども、やはり実際に耳にすると思わず吹き出してしまう。

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2011.07.12

円高

 円高がえらいことになっているようで、79ドル円前半を記録ですか。日銀砲は使わないんでしょうか。震災、原発対応でそんな余裕はないんでしょう。

 100ドル円を死守しようとしていた頃が懐かしい。

 どこまで、円高を見ることができるか楽しめということなんでしょうね。

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2011.07.11

台風一過のような朝

 先週はことごとく体調を崩し、ようやく立ち直れたかと思われた週明け。重くて仕方なかった体も、それほど辛いとは感じなくなっていた。

 朝、外に出ると多少、ところどころ雲が浮かんでいるものの、澄み渡った青空が広がっていた。あたしは屋外ではサングラスを常用しているものの、それでも眩しいほどの青さだった。

 朝の瑞々しい空気の広がりは本当に気持ちよい。

 帰る頃には天気も崩れ、家に着いてしばらくして雨が降りだした。

 体調も本調子ではないようで、飯を食って早々に寝ることにする。はやく目覚めれば良いのだが、そうでなければ仕方がない。

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2011.07.10

地震は続く

 相変らず各地で地震が続いている。今朝も東北の方で地震があり、津波注意報が出ていた。幸いにも大きな被害はなかったようだが、やがてくると云われている東南海地震のこともあり、今ひとつ落ち着いた状態にはならない。

 昼前に下の子が遊びにやってくる。昨日は散髪に行っていたようで、すっかり坊主頭になっていたりする。本人はスポーツ刈と云っているけども、どう見ても単なる坊主頭である。

 高速道路も大きな割引がなくなり、さすがに県外や県内でも遠方に行こうとは云わなくなって、助かっている。今日は山向うの隣町に行きたいという。片道30kmくらいで、ちょっと走れば100kmくらいかなという行程だが、数時間でなので了承する。

 あたしも少なからず走ったことのある町で、温泉郷に立ち寄ってみる。そこに行ったのは20年前の夜だった。温泉郷といっても5、6この温泉旅館があるといったところだ。もう何十年も改装せずに使われているようなものばかりで、サイトで宿泊料を見ると2万円とかで、誠に立派な額である。休日の客は老人ばかりで、何かの団体か、マイクロバスに乗り込むために道に集団がこぼれていた。そこにいるだけで寂しくなるような場所だった。

 帰りは子供云う通りの道を通ったのだが、それまで通ったことのない道で新鮮だった。

 目を引いたのは昭和新山のような裸の山。実を云うとこの山はもともとからこんな禿げではなく、3年前に4日間も延焼を続けた山火事でこんな風になってしまった。320m程度の山なのだが、古戦場でもあるらしく、その地のシンボルでもある山らしかった。

 何回もこのあたりを訪れていたのだが、初めてこの山火事の惨状を見ることになる。ちなみにこの火事は幸いなことに民家等への延焼はなかった。

 いつもの定点観測。風景はすっかり夏である。

 夜は子供にご飯を作って食べさせてから帰す。焼き飯、パスタ、ラーメンのうち何がいいか聞くと、ラーメンということだったので、袋ラーメンを作って食べる。3袋126円のラーメンで、恐ろしく安上りな晩飯である。あたしはラーメンには生たまごを入れる。ほとんど生の状態で啜って終わるのだが、子供にも要るかと訊くと要るという。たまごをかけてやると、麺と一緒にかき混ぜて食っていた。小学生という年代では、生たまごなんて嫌がりそうなもんだが、堂に入った食いぶりである。玉入り牛丼に馴れているからか。

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2011.07.09

2リットル4本

 本日も体調が悪く、週末になると決まって「どこかに行こや」と電話を寄越してくる別居中の下の子からも何の音沙汰もなく、自宅でグダグダ。

 注文していた書籍が届けられる予定で、指定していたのは夜の8時から9時だった。早めに来れば、9時閉店のドラッグストアにでも行こうかと思っていたのだが、8時半を過ぎても来ないので、今日も一切外出しないことにする。

 クロネコの配達員が来たのは9時10分前。すっかり日焼けした中年の配達員だったが、「今日は暑かったですねぇ。わたしなんか、一日で2リットル瓶を4本飲んじゃいましたよ」なんて話し掛けてくる。配達員が私事を話すのは珍しく、たぶん、うちの配達が今日の最後で、ほっとしたのだろう。

 宅配に関してはこの数年、どう見ても異常な競争で、かなり無理を強いていることは明らかである。配達員もそれほど貰えていないというのは、間違いなく、本当に申し訳なく思う。

 何時になく、「お世話になりました。お疲れ様でした」と丁寧に見送った夜だった。

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2011.07.08

梅雨明け

 どうやら当地では梅雨が明けたらしい。例年より10日早いという。

 今年は散々雨が降って、渇水の心配がないので一安心する。しかし、一日で100mmというような大雨もあったのだが、何戸かの床下浸水で済んだのは幸いだった。

 実を云うと今週明けてから体調を崩してしまって、声がまったく出ないやら、熱があって足もとがふらついて、注意力散漫で仕事にならないので休ませて貰っている。

 非常に明るい窓を眺めながら、寝る。何とも云えない。

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2011.07.07

無いに等しい政権

 なんか凄いことになっている。

 経済産業省主催の原発の説明会で、九州電力がやらせのメールを送るよう関連会社に通知をしていたという事が昨日明らかになったが、九電の社長の会見はいかにもうえの者を庇っているという感じだった。おそらく主催者からの要請があって行ったことなのだろう。

 海江田が停止中の原発を動かしてくれと、各地を回っていて、これもどんな根拠をもとにやっていたのか判らず、こんなに国が適当でいいのかと思っていたところ、菅がストレステストを行う必要があるといい出す。

 何が何やら判らない。

 国民を完全に置き去りにして、適当なことをうえの連中が云い、なすべき事が全くなされていない。この馬鹿げた状態の政治は収束するのか。

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2011.07.06

堀江邦夫「原発ジプシー 増補改訂版―被曝下請け労働者の記録」(11)

 この書籍のオリジナル版が出版されたのは、1979年、今から32年も前のことである。30歳の著者がフリーライターという身分を隠し、原発で労働者として9ヶ月働いたことを日記として残した潜入ルポである。

 著者は美浜、福島第一、敦賀の3つの原発を点々としながら働いた。

 今回の福島第一原発での作業員に対する待遇の悪さが問題になったものだが、あれは完全に普通の待遇であって、決して悪いわけではないのである。この30年間の原発での労働現場の状況は全く変っていないということだけなのである。

原発ジプシー 増補改訂版―被曝下請け労働者の記録
原発ジプシー 増補改訂版
―被曝下請け労働者の記録

堀江 邦夫 (著)
単行本: 352ページ
出版社: 現代書館; 増補改訂版
ISBN-10: 4768456596
ISBN-13: 978-4768456590
発売日: 2011/5/25
商品の寸法: 19.2x12.6x3cm

 原発の点検のための作業は、電力会社の社員によらず、すべて下請けによって行われる。電力会社は現場の外から指示をするだけである。下請けはさらに下請けを使って、現場で作業する人間を集める。一定数の人間が必要なものだから、さらに下請けを使って人が集められる。何次もの孫請けによって、日雇い労働者の賃金には大きな差がでる。しかし、仕事が欲しいから文句は云っていられない。

 原発での仕事は被曝が前提。どこまで被曝するか。また、仕事を多くしたいから、被曝を誤魔化すか。危険な箇所でもマスクをしていると作業のための会話ができないから、外さずにはいられない。怪我をしても怪我をしなかったことに。

 こういった人たちが一ヶ所の原発だけで1000人単位で働いている。

 原発という産業は、人を殺すということが前提にあるということは明らかである。もちろんそれは社員ではなく、どや街の労働者や地元に職を求める地元民である。弱いものは所詮、使い捨てである。

 海江田が少し前に原発での修復作業を行っている労働者の待遇の悪さについて、「避難を余儀なくされている被災者よりも良い待遇というわけにもいかず、当事者もそれは認識している。見直しの線引きが難しい」と語った。この言い訳を考えたのはいったい誰なんだろう。

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2011.07.05

素早い離脱

 昨日までは辞任を否定していた復興大臣が今朝、早々に辞任を申し出て受理されたようだ。

 何とまぁ、今の日本にとっては重要なポストであるのに9日間で辞任とは。

 口止めをされていたにもかかわらず、あっさりとVTRを放送した東北放送だが、後々にどんなことになるのか。良いことをしたのか悪いことをしたか、今ひとつ判断が難しい出来事だった。

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2011.07.04

書いたら、もうその社は終りだから

 昨日、宮城県を訪れた際の松本復興相の発言は興味深かった。

 「書いたら、もうその社は終りだから」

 こうやって言論を封じ込めるものらしい。でも、終わりって、実際にはどうやって圧力をかけるんだろうか。

 すでに複数のメディアが報道してしまっているし、取り返しはつかないだろうけど。本当は云ったら終わりって知っていても、云わずにいられない、云ってもかまわないのがお偉いさんなのらしい。

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2011.07.03

険しい山を走る

 下の子に本当に険しい山道路を体験させるために、近所の985mの山に登る。この山は山頂間近にお寺があり、山頂にはアンテナ施設があるという、山頂まで車で行けるという山である。初めていったのは学生時代だった。しかも元旦にスクーターで行ったものである。凍結等は幸いにもなく、その時に同行した友人のお兄さんのものという革のロングコートを着ていたので特に寒くもなかった。

 しかし、そんなに訪問者もいないところで、道は険しいままである。おもに二つの登山道路があって、ひとつは300mくらいまで国道を走ってから、山への小路に入る。離合困難な一車線道路である。落石注意の看板が延々続く。このルートでは9kmくらいの道のりになる。しばらく前に、ひとりで走った時は、道の悪さに運転手ながら車酔いになりかけたものだが、今回はそんなことはなかった。また、子供が一緒にいたので、そんなに長時間には感じなかった。40km/hも出せず、30分くらいかかったか。

 山頂で買っていた菓子袋が膨らんでいるのを見て、子供が喜ぶ。気圧が下がった証拠である。

 帰りは南から入った行きのルートとは別の西に下りるルートで帰る。このルートは16kmくらいで海まで下りるのだが、初めの13kmくらいがかなりのつづら折りの道である。四半世紀前に始めて走った時は一部未舗装だった。30mくらい走ればヘアピンカーブという感じの道で、典型的な悪路である。しかも離合困難な道路。2台の車と離合をしたが、一台については路肩ぎりぎりに寄せてようやく離合できた。まだ比較的広いところですれ違ったので助かった。

 ということで、海岸におりて一息。

 

 それにしても、工場の造形物は美しい。

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2011.07.02

鬼のようなドライブ

 最近、週末といえば、下の子の行きたいというところに車を転がしている。

 今日は町を流れている一級河川の上流の方まで行きたいという。この道はよく走る道で勝手はよく判っている。川沿いの道を10数km走ると片側一車線の走りやすい道路が一車線道路になる。やがてコンクリート舗装の道路になって、道路を幅が1mもない小川が横切る形になって普通車での走行は不可能となる。地図ではその先に峠があり、さらに進むと国道に出られるようなのだが、いまだ走り切ったことはない。原付でも断念したし、オフロードバイクでもなければ、完走は無理だろう。

 次に云ってきたのが、少し向うにある県道。以前に走ったことのあるはずなのだが、どうも様子が違う。子供のナビ通りに走るので、先がどのようになっているのか判らない。えらく深い、整備の悪い山の道に入って行くので、どこに出る道だと尋ねると、行き止まりの道、だという。

 車に乗っていて怖いのは離合困難も嫌なのだが、先が行き止まりというのが一番辛い。そういうところに限ってUターンするような場所がないのである。Uターンできる保証があるのならまた平気なのだが、そうではない行き止まり道は避けたい。もともと離合困難道路でかろうじてUターンできるスペースを見つけて、そそくさと引き返す。

 人工堰止め池に行って、ほっともっとで買った弁当を食べる。ほっともっとって、しばらく前にはほとんどみなかったのだが、5kmくらい走ることに間違いなく見かけるようになった。コンビニの繁殖にも驚くが、こんなに弁当屋が必要か。

 湖畔の駐車場に車を止めていると、鶏がいた。完全な放し飼いであるのだけど、野性という感じもしない。近寄っても逃げようとせず、柵に留まって鳴いていた。

 さらに猫が3匹ほどいる。特に鶏を襲うでもなく、こちらに何か欲しいと訴えかけて鳴くので、子供が弁当から何かを見繕って与えていた。

 家に帰ると、今日もざる蕎麦を二人で食す。ざる蕎麦がかなりのお気に入りになったようだ。11時近くまでゲーム。アパートに送り届けたのはかなり遅い時間になっていた。

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2011.07.01

一晩中こむら返り

 昨晩は一晩中右足がこむら返りを起こして、深夜、何度も目が覚めた。

 こむら返りの痛みは何とも辛いもので、これを解かない限りは寝られるものではない。力をうまい具合に加えれば、痛みを無くすことができてふたたび寝入ることができるのだが、ちょっとくわえ加減を誤ると再び引きつりが戻っしまう。

 睡眠中のこむら返りの原因は完全に解明されていないようなのだが、この安眠妨害が年に数度あるのはやはり辛いものである。

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