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2009.10.26

電子書籍は紙書籍を駆逐するか

 最近、Amazonのkindleという電子ブックリーダーが人気を呼んでいるようだが、こういったものがこれまでの紙ベースの書籍を駆逐してしまうかというと絶対そのようなことはないと信じている。

 電子書籍というと青空文庫というところに、著作権切れしたのもをボランティアがテキスト化したのものをアップしていて、漱石などの著名な作家についてはほとんどが無料で入手可能である。以前にあたしもここから入手したものを書籍風に表示するリーダーを用いて、PCで読んだものだが、結局、まともに読むことは出来なかった。

 紙でないディスプレイで表示されたものには、どうしても本腰が入らないのである。もちろん、横書き縦書きという問題もあって、日本語の小説を読むのなら絶対、縦書きであり、リーダーでも縦書き表示にして読んでみたのだが、それでも続かなかった。

 あたしの母親と云うのはタイピストをしていて、版下を作るのを仕事にしていた。昭和50年代まではタイプを使って版を作っていた。活字を用いて作っているので、くっきりとした文字は力強く味があり、美しかった。写植になり、文字はのっぺりとして、色気を失ってしまった。

 紙を用いた書籍は、ページを自由に繰ることができると云う以外に、作り手の工夫を感じることができる。装幀が命だとは云わないが、装幀ひとつで中身の印象も変ってくる。大江健三郎のお兄さんが歌の同人をやってて、その同人誌をうちで作っていた。たいしたレイアウトではなかたったと思うのだが、うちでないとだめ、と、いつも仕事をくれていたようだ。

 印刷は時代を経て、大量化の道を歩んできたが、それは書籍の重要さも意味する。遙か昔の印刷の技術のない時代は、ひとつひとつ書き写すことによって書籍が作られていた。それはそれだけの価値があったのだ。しかし、現在に於いて、書籍の大半は消化されるものになって、一冊の本の重要さは恐ろしく低くなってしまった。

 個性をもった書籍を手にすると本当に幸せな気分になる。書籍とは内容と器が一体となって存在している。だから、書籍が部屋をいかに占領しようと紙書籍を購入し続けなければならない。

 ひとつの棚をそのまま占領してしまうくらいの百科辞典や辞書をそのままPCにもって歩けるといのは本当に素晴らしく、この恩恵を忘れることはないが、普通の小説はページを繰りながら読むのが幸せなのである。また、無造作にコピーしたり、削除されるものを乱造するのは避けるべきである。

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