10年後は...
今日は63回目の原爆の日。このブログに検索によって訪問のされた方の37%が原爆絡みの検索フレーズのようだ。その中でも特に<八月がくるたびに>が目につく。
それにしてもあれから月日は経ち、被爆された方も平均年齢は75歳にもなると云う。おそらく原爆が当事者によって語り継げられるのもあと10年くらいではないかと思う。さらに10年も経てば、ほとんどの方がなくなることになるだろう。そういった時、日本人にとって原爆というのはどのような存在になるのだろうか。
少なくとも日本国民にとって原爆とは避けるべき怖ろしいものであるという存在であると思うのだが(そうであると信じている)、そういったことを知っている国民が仮に地球上からいなくなると考えると非常に怖ろしい。すでに劣化ウラン弾という放射能障害を及ぼすという意味では準核兵器を平然と使用している国家もあるわけだし、大量殺戮兵器ではないというだけで新たなものが出現してくるかも知れない。
原爆の惨さは傷害だけではなく、疾病によってその後の人生をも蝕むということにもある。単なる強力爆弾という意識しか持たれていないことが怖ろしい。
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