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2007.07.06

アサヒグラフ 1952年8月6日号 原爆被害の初公開

 1952年4月28日サンフランシスコ講和条約が発効し、GHQによって布かれていたプレス・コード「日本に与える新聞遵則に関する覚書」が解かれた。このプレス・コードでは原爆に関する報道も規制の対象としていた。アサヒグラフの1952年8月6日号は「原爆被害の初公開」とタイトルされ、初めて日本国民に広島・長崎の両原爆の惨状を知らしめることとなる。

 この号については以前にすでに入手済であったが、それは特別増刷版だった。今回、入手したのは第一刷版である。第一刷は表紙がカラー印刷だった。売れ行きがよく、増刷が行われたのだが、カラーでは印刷に時間がかかるということでモノクロで行われたようだ。歴史的な一冊ということで、このカラー表紙版をヤフオクで改めて落札した。落札価格は500円(+送料180円)。カラーインクがコーティングとして保護しているのか、モノクロのものよりも紙の状態がよい。

 久しぶりに読み直していて目についたのが、ジョン・ハーシー『ヒロシマ』(46)で取材を受けた6人の当時の写真と簡単なインタビューだった。『ヒロシマ』を読んでいなければ、何のことかよく判らないが、読んだ後であると実に真実味のある価値の高い2ページであると知る。
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コメント

突然のコメント失礼いたします。広島長崎の原爆の記録についての調査研究をしています。こちらに掲載されているアサヒグラフの表紙写真の画像をレポート(非営利目的、学術的使用)に使用させて頂くことは可能でしょうか?ご連絡先をご指示いただけましたら正式な使用許可をお送りさせていただくことは可能です。どうぞよろしくおねがいいたします。

投稿: K | 2020.12.10 19:46

Kさん、こんにちは

もし、このブログにアップしている画像でよろしければ、今回はご自由に使って頂いて結構です。
ご丁寧にご連絡ありがとうございます。少しでも何かのお役に立てられれば。

投稿: O-Maru | 2020.12.11 19:03

自分が此の悲惨な写真を見たのは、小学校上がる前の幼児でした、親が水屋の戸棚を開けたら在った色のついた表紙を開けて其のむごたらしい惨状の絵に、驚き直ぐに戻した事を覚えていますが、其れが当時は広島原爆投下の結果で起きた惨劇とわからず、その後も日常の生活に追われて両親に云わずじまいで、終わりました。 私の父は、広島で生まれ後に、他府県に越しまして、原爆投下時は満洲に家族で赴任していた、父が亡くなって後に兄妹から広島時代の写真を返されて初めて広島に関係して、撮影していた掛かりつけの写真館も被災したことが分かりました。通っていた小学校も、、

投稿: はだしのkj | 2021.03.11 12:22

貴重なお話、ありがとうございます。あの雑誌は判っていて開くのもかなり辛いですが、何を知らずに見たときのショックは大きかったでしょうね。日本国民はうすうすは聞いていたろうと思うのですが、これほどのものだとは想像もしていなかったでしょうね。隠し続けていたGHQがなんとも非人道のような気がします。
お父様は戦後どれだけ辛い思いをしてきたんでしょうか。ご自身や家族が無事であっても、知り合いや自分が過ごしていた土地があんな目に遭ったと思うと、本当にやるせない気持ちだったと思います。原爆にかかわらず、戦争自体がそうですし、また、原発の問題もあります。少しでもこんな思いをすることのないような世の中にして行きたいものです。

投稿: O-Maru | 2021.03.11 21:15

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