つげ義春のマンガは描き込みの細かいものが多いが、それはおそらく水木しげるのアシスタントをしていたためだろうと思われる。つげのマンガの背景描写の細かさには驚かされるが、水木の方が遥かに綿密であるということを再確認した。
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総員玉砕せよ!
水木 しげる (著)
文庫: 363ページ
出版社: 講談社 (1995/06) |
水木というと『ゲゲゲの鬼太郎』(『墓場の鬼太郎』)を始めとする妖怪ものが有名で、4巻にも及ぶ『妖怪文庫』などを眺めていると、見聞の広さと云うのかイマジネーションの豊かさというのか本当に感心させられるのだが、それと同じくらいに戦記ものでも有名である。水木が出征し、戦場で片腕を無くしているのは誰もが知るところである。今回、初めて水木の戦記ものを手にした。
絵であるが、やはり細かい。銅版画の描き方と点描が背景に多く用いられ、反対に人間は最小限の線で表現される。この微妙なコントラストが独特な水木の世界を形づくっている。絵としてのマンガとしては非常に高度なものであり、技術的にはマンガの神様といわれた手塚を遥かに凌駕するものであろう。実際の描き込みの多くはアシスタントがしていると思うが、それでもひとコマひとコマの構成は水木本人がやっているはずで、その才能には舌をまく。
水木が大東亜戦争で闘ったのはラバウルで、その時の様子の90%までを有りの侭に描いたのが、この『総員玉砕せよ!』である。水木は玉砕の前に負傷し、本人は玉砕には関っていないが、彼のいた隊は全滅には至らなかったものの、一度は玉砕が行われていたようである。そういった実体験をもとに前半は戦場の日常、そして後半は玉砕への道が描かれる。水木の表現はもともとユーモラスなので古参兵による初年兵いびりについても深刻さはないが、それでもドキリとされるシーンは前半においてもいくつか出てくる。今まで映画等で戦争については多少なりとも見聞きしてきたが、その想像を超える酷たらしい現実があった。
それにしても日本の戦いが精神論中心であることにはウンザリする。第2次世界大戦での米国空挺部隊を描いた『バンド・オブ・ブラザース』を見ていたりすると余程状態の悪い戦線でもない限り、前線のすぐ背後には救援所が設けられ、負傷した兵士の手当が行われている。兵は消耗品であるという意識は低く、その分慎重に戦闘が行われているような気がする。日本軍の場合、精神、勢いだけが先行し、中身のないことが多いのが片腹痛い。
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