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2007.03.02

喪失感


september 2000 no.157

november 2002 no.184

april 2005 no.213
 あたしは地方住いなので、月刊『東京人』などという雑誌を知らなかった。知っていたとしても、地方人のあたしはこういった雑誌はお上りさん的な感覚を強く感じてしまうからおそらくハナから手にしなかったろうと思う。

 ヤフオクで同潤会で検索すると、この『東京人』がいくつもヒットする。この雑誌では過去に何度か同潤会アパートメントについて特集を組んでいたようだ。今回、落札することができたのは、右の3冊がセットになったもの。送料込みで1,300円だった。

 2000年9月号では赤瀬川原平らライカ同盟の3名が清砂通アパートメント、青山アパートメントを訪れて佇まいを写真に撮っている。また今後のアパートメントの行方を懸念する記事も。2000年11月号は冒頭にアラーキーこと荒木経惟による「青山アパートに住む女。」というフォトストーリーが8ページほど割かれているが、正直言って意味不明。アラーキーにこのアパートで女性を撮らせたかったと云うだけの企画なんだろうな。アパートメントに住んだことのある著名人の証言を交えて各アパートメントが紹介される。江戸川アパートメントの坪内ミキ子、大塚女子アパートメントの戸川昌子、上野下アパートメントの林家木久蔵の証言とともに『PERSONA(ペルソナ)』(03)の鬼海弘雄の写真が添えられる。ここでも鬼海の写真はやはり異様だ。即物的でなく妙に息遣いを感じてしまう写真。この号では9つのアパートメントが紹介されている。

 最後の2005年4月号は同潤会アパートメントそのものの特集ではないが、「東京 なくなった建築」という特集では2003年までに多くが取り壊された同潤会アパートメントが取扱われることになってしまう。あらためて気持の良さそうなサンルームを持つ大塚女子アパートメントがすでに存在しないことを再確認し、どうしようもない寂しさを感じる。

 形があるものはいずれなくなってしまう。これは致し方ないことである。しかし、この寂寞感は単なる喪失によるものでもないような気もする。見失っていけないもの、また、見い出して引き継いで行くべきものがいくらでもあるような気がする。

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