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2006.12.04

ターセム・シン『ザ・セル』(00)

 CATVのムービー・プラスでターセム・シン『ザ・セル』を見ている。映像が凄いと云う批評が多く、それなりに期待をしていたのだけど、正直言って、「これが映像美か?」といった感じ。美意識が板についていないというか、全然生きていないのだ。なんだろうなぁ、表面だけの物象でリアルではない。

ザ・セル
ザ・セル

 映像というとやはりタルコフスキーやキューブリックということになる。彼らの映像は確かにすばらしいのだが、映像が映像として存在するのではなく、別の何かを表現するために映像が用いられているのであり、それが実に的確ですばらしいのだ。『ザ・セル』の映像にはそこで描かれるべきものは何もなく、映像が映像でしかない。

 『ザ・セル』と似たようなドギツさの映像を作るのが、アレハンドロ・ホドロフスキーで、その最たるものが『ホーリー・マウンテン』(75)である。お金があったので、かなり趣味なところで撮ってしまったという雰囲気もなくはないが、この人の生理で撮られているということは間違いなく、訳が判らないながらもどこか納得しながら見てしまうところがある。

ホーリー・マウンテン
ホーリー・マウンテン

アレハンドロ・ホドロフスキー

 デビッド・リンチも真性の人だと思う。キワドい映画を観るのなら、絶対に真性の人を選ぶべき。秀才も天然には敵わない。

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