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2006.08.22

山端庸介写真集『Nagasaki Journey 長崎ジャーニィー(もしくは長崎ジャーニー)』(95)

 先日、米国Amazonのマーケットプレイスで注文した山端庸介の『Nagasaki Journey』(95)が早々に到着する。AirMailを使って発送してくれたようで、$15.70というシールが貼られていた。これまで何度か海外に注文をしたことがあるが、5日での到着は中でも早い方である。

Nagasaki Journey:The Photographs of Yosuke Yamahata August 10, 1945
Nagasaki Journey:
The Photographs of Yosuke Yamahata
August 10, 1945

ペーパーバック: 112ページ
出版社: Pomegranate (1995/05)
言語 英語(一部日本語併記)
(クリックで画像を拡大表示)

 ペーパーバックといってもあのガサガサの紙ではなく、単にハードカバーでないというだけである。

 この『Nagasaki Journey ナガサキ・ジャーニー』は、1994年米国の2人のドキュメンタリー映画製作者が米国内で山端の写真の展覧会を行うことを企画したことによって生まれた。ネガはデジタル解析され、コンピュータ上で傷等の修復が行われた。傷があるゆえにトリミングせざるを得なかった写真が幾つもあったが、それらは撮影された時のもとの姿になって蘇った。今のPCの技術だとコラージュ職人などそこここにいたりする訳だが、10年前だとそうでもなかったのだろう。それにしても、山端の写真を完全な形に修復をしようと初めて試みたのが、原爆を落した敵国の人間であるというのは何という皮肉なことか。これを契機にNHKスペシャル「長崎 よみがえる原爆写真」が作製される。

 修復されたネガによるニュープリントで写真展『Nagasaki Journey』が95年7~9月にサンフランシスコ、ニューヨーク、そして長崎では8月に開催される。その際に刊行されたのが、この写真集でもあった。

 日本の写真家の写真集であるが米国での刊行物、文章は英語が基本である。ただし、各写真のキャプションと重要と思われる記事(全体の3割程度)は日本語併記となっている。山端へのインタビュー「原爆投下直後の長崎を写した山端庸介氏」(1962年8月20日『週刊読売』)の英文が4ページに渡って紹介されているが、日本語併記がないのが残念である。時間を見つけて全文をじっくり読もうと思っているが、他の記事でこの内容が一部紹介されていたものが興味深かった。

 「悲惨な長崎を歩きながら、考えたことは『写真を撮ろう』ということと『新型爆弾が落ちたら、どういう方法で逃げて、助かろうか』ということだけでした。つまり、わが身のことばかり考えていたわけでして、それがけしからんといわれようが、事実はそうだったんだから、しかたない」

『記録写真 原爆の長崎』(52)/クリックで拡大 おそらくそういう冷酷な状態であったから、ここまで踏み込んで115、もしくは114枚の写真を残すに至ったのだろう。山端の長崎での話を深刻に聞く周りの人間の姿に山端は内心かなり困惑したに違いない。

 この写真集では先に入手した『記録写真 原爆の長崎』(52)の表紙写真も紹介されていた。すっかりぼろぼろになってしまっていたあの本の表紙には、あの坊やの写真が収まっていたのだ。

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