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2006.07.21

おおえひで『八月がくるたびに』(2001年版)

 夏が来て、8月が近づくと決まって頭をよぎるのが「八月がくるたびに」というフレーズであり、そして、その言葉を思うたびに体が強ばってしまう。それは小学校3年生以来、30年以上続いている。だからこれからのしばらくは、実に嫌なシーズンなのである。

 「八月がくるたびに」というのは児童文学作品のひとつのタイトルであり、そのタイトルからも想像がつくかもしれないが、あの原爆を扱ったもの、長崎で被爆した少女の話である。

 小学3年生の時、ふと学校の図書館で読んでしまった本なのだが、物語自体はほとんど覚えていない。にもかかわらず、その印象は強烈に残っている。何が強烈って、イラストがとにかく怖いのである。被爆者の遺体写真が用いられた挿し絵は当然のように洒落にならないほど恐ろしく、本文をまともに読むに至れなかったというのが正直なところかもしれない。「八月がくるたびに」という言葉は、そのままそのイラストの怖さに結び付き、その言葉を聞いたり思い浮かべるだけで恐怖するようになってしまっていた。

 そんな風に毎年夏になるたびに、記憶の彼方から脅かされ続けられる本なのだが、絵を書いたのが誰か知ろうとも思わず、数十年を過ごし、つい最近、その絵を書いたのが"ゲージツ家"のクマさんこと、篠原勝之だと知るに至った。あの人があんな絵を描くとは想像だにしなかった。

 そこで「八月がくるたびに」を注文してみた。

八月がくるたびに
八月がくるたびに

おおえ ひで 作
篠原 勝之 絵
単行本: 193ページ
出版社: 理論社 (2001/06)
ASIN: 4652005121

 手もとに届けられた本はどう見てもごく普通の児童文学もの。イラストはうまへた風のもので、これといったインパクトのかけらもない。ほとんど忘れていた物語は、20年前のことを回想するというスタイルで、肉親の死、自らの怪我、原爆症として後から追いかけてくる死など、原爆の凄惨さを余すところなく子供にも分かり易いよう見事に描いているものだったが、あたしがこんな本に怯えるはずがない。おかしい。どう考えても別の本としか思えないのだ。試しにGoogleでググって見ると、次のような発言が発見できた。

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   575 :さく・え/ななし :2006/03/22(水) 01:56:13 ID:???

    絵本ではないかもしれないけど、学級文庫にあった「八月がくるたびに」
    タマゴにマチバリを刺してそこから流れた液に子供の写真をコラージュしてたり、
    とにかくコラージュがシュールで怖かった。
    あとでその挿絵を担当したのが「TVタックル」等でおなじみだったクマさん
    こと篠原勝之だった。飄々としたハゲのおっちゃんぐらいの印象しかなかったもので
    けっこうビックリした。
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 これこれ、たぶんあたしが読んだのはこれ。やはり怖い本で間違いない。今、流通しているのは最近になって作られた愛蔵版というヤツのようで、どうも世相も考えて内容を緩くしたのではないかと思われるフシがある。広島の平和資料館のマネキンだって、以前と比べるとドギツさがなくなってきている。脅しによる平和教育はよろしくないと云う判断に傾いてきているのだろうか。

 旧版の情報は得られず、試しにヤフオクで検索してみると、あたしが読んだと思われる発表当時の71年の初版というやつが新装版に並んで出品されておりました。オークションなのでいつまで閲覧できるか判らないけど、こちらがあたしが30数年前に読んだものになります。大人になったあたしがちらりと見ても、やはり怖い絵本に見えます。

 現行版を購入したばかりにもかかわらず、71年版を某所で見かけてしまったので注文してしまいました。30数年間来の悪夢の克服の時が刻々と近づいていております。

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コメント

まったく同感です。
同じ感想を持っていた人が大勢いるようでうれしいです。
戦争の悲惨さ恐ろしさを後世に語り継がなければならない、それはもちろんよくわかるのですが、なにせ小学校3年生のこどもにはこの本はあまりにも強烈すぎました。この本は夏休みの課題図書で、私は本を読むのは好きでしたが、この本は恐くて触るのも嫌だった。でも当時の私には課題図書だというので母が買ってきてくれたのを読まないわけにはいかず、宿題をやらないなんてことはなおさら考えられず、できるだけページの端をつまむようにしてめくり、必死の思いで読み終わって感想文を書き、そのあと本はこっそり捨てました。
読んだあとの数ヵ月はもちろん、夜ひとりでトイレに行くことも、2階にいくこともできませんでした。
でも同じ本を読んだはずの学校友だちはそんなに衝撃をうけておらず、なんであれが恐くないんだろう、と不思議に思ったのを覚えています。
衝撃を受けながらも1971年版のままの復刊を望む声が多数あるのには驚きです。話の内容はいいとしても、あの不気味な挿絵と写真は小学生にはショックが大きすぎると思います。あの本が出版され、小学3年生の課題図書に指定された時、こういう意見はまったく出なかったのでしょうか?
とにかくこの本との出会いは、私にとって非常に大きなトラウマとなりました。

投稿: 小林幸子 | 2007.06.12 20:37

 初めまして。

 本を捨ててしまったのですか... それはそれは。あたしも原爆の絵が初めて本になった『劫火を見た』は見られないように小口が開かないよう処理をして本棚の奥に蔵い込んだことはありますが。

 しかし、今も強烈な本であるようです。『はだしのゲン』をかつて愛読書にしていた小学6年生の息子もあの本の口絵を見ただけで怖がって読もうともしないですね。

 あのオリジナルに関しては本当に時代背景の影響というものが色濃くあるようです。印刷の増刷具合を見るだけで、反響のものすごさを伺い知ることができます。

 現在、あの出来事を伝えるのならどのような形が一番好ましいんでしょうねぇ。比較的ストレートに見てしまったあたしには程度が判らなくなってしまってます。

投稿: O-Maru | 2007.06.13 00:09

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