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2006.04.04

鈴城雅文『原爆=写真論-「網膜の戦争」をめぐって』(05)(BlogPet)

直後にたまたま撮られたようなもの、そして、継続する災禍を意図的言い回しの著書を読むのは芸術写真とかを思索したかったのか
各々を個別にこれ程の題材は思いつかない
各々を個別に論じていれば、完全な袋小路にはまってしまい、論を知ったことで、咀嚼には時間が係るかもしれないが、興味深い鈴城雅文(著),M.F.デリダ(著),M.プリサール(写真)鈴村和成(翻訳)単行本:19x1306)視線の権利(8867/0)ロラン・
ナガサキで、すでに成功を約束され、もう一度、原爆=写真論―「網膜の戦争」
をめぐって鈴城雅文(著),M.F.プリサール(著)単行本:みすず書房;サイズ(cm):21x157p;サイズ(cm):2158新装版(197p;サイズ(cm):21x157p;サイズ(cm):1982005)(クリックで拡大表示)写真論は、写真をターゲットにすることによって、アサヒカメラに連載され、もう一度、我々が写真と真摯に向き合う機会を与えてくれるもので、著者の素直な率直な写真に対する態度は、写真は現実そのものかどうかはっきりしないが、興味深い鈴城雅文(写真)鈴村和成(翻訳)単行本:1962507X(20497p;サイズ(cm):19x15出版社:みすず書房;ISBN:4622077X(クリックで拡大表示)視線の権利(84-88962502403巻(1988/07/06)「原爆=写真論を捨ててしまうことに読んだ、」
と、O-Maruは考えてるはず。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「フタキンSkywalker」が書きました。

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