アラン・レネ『夜と霧 Nuit et Brouillard』(55)
『夜と霧』というとV.E.フランクルのアウシュビッツ収容所での体験記が有名だが、そもそもこの「夜と霧」という言葉は1941年12月6日のヒトラーの特別命令に由来している。その命令(Nacht und Nebel)とは非ドイツ国民に占領軍に対する犯罪容疑があった場合は、夜間秘密裏に拉致して強制収容所に送る。その安否等に関しては一切の回答を行わない。そしてさらには容疑を家族の集団責任に拡大し、政治犯容疑者は一夜にして一家族で消えうせることになった。社会的不安を呼び起こすもので、ナチスの本質を端的に示す言葉としてこの言葉が用いられることになった。フランクルの書籍の原題直訳は「一心理学者の強制収容所体験」であり、『夜と霧』という邦題は出版時に日本で勝手につけられたものである。
夜と霧 アラン・レネ監督 |
ドイツ敗戦後10年後に製作されたこの作品は、すでに廃墟になりつつあるアウシュビッツ強制収容所とその施設が使われていた当時の記録を織混ぜながら、非人道的なナチスの行為を明らかにする。施設の作られた郊外ののどかな風景とその施設の中で行われたことのギャップは余りに激しい。
目を被いたくなるような光景が幾つも見られるが、まぁ、これらはNHKでのドキュメンタリを好んで見ていると何度か見たことのあるものばかりで、正直、目新しさはないのだが、この映画によって初めてアウシュビッツでの出来事が提示された当時の反響はもの凄いものであったと思う。日本のアサヒグラフ 1952年8月6日号に匹敵する衝撃度はあったはずだ。
戦争末期の敗戦も色濃くなったドイツでは物資の不足により火葬のための燃料がなくなり、強制労働、生体実験のあげくの死、あるいは不用の生体として処分された人間の遺体の後始末にすら困った。ただただ並べられたり、積み上げられたりしただけの遺体が道を塞いだ。日本でもこういった光景は見られた。ヒロシマとナガサキである。日本では同朋の手により、決して長期に渡って放置されることはなかったが。終戦後、ブルドーザーで後始末される痩せこけた遺体の山が痛ましい。
女性の頭髪の山。それから作られたと云う絨毯。切断され、桶に山盛りにされている首。人間の脂肪からは石鹸を作ると云う。人間から剥ぎ取られた皮。その皮の断片には絵が描かれた。(外の映像で電気スタンドの笠が作られるのを見たこともある)
30分あまりの作品だが、一度は見ておきたい、いや、見ておかなければならない作品。
しかし、このようなことが行われるというのは単なる慣れによる感覚の麻痺なんだろなとも思う。アウシュビッツもそうだけど、今やっている戦争での捕虜収容所でもレベルの差はあれ、虐待が行われている。いったん始まってしまうと歯止めがきかなくなってしまう。いかに始まらせないかということに留意する必要があるんだろうな。こうやって見ているとコッポラの『地獄の黙示録』(79)はいかに真理をついているかと云う気がする。
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