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2005.11.29

餅つき

 このシーズンになると親族が集まって餅つきをしていたものだ。もう30年近くも以前の話なのだけど。

 父方は30数年前に山奥から出てきたという一族で、このあたりの農家よりも派手にこれらの行事をやっていたのではないかと思う。朝も早くから一家が集まる。7人兄弟だから、子供夫婦とその子が集まるだけでかなりの数になる。20人くらいで餅つき大会。山奥から出てきた割には200坪以上の屋敷を構えており、そこにある大きな倉庫で作業が行われていた。

 一斗缶で火をおこしてもち米を蒸す。これから餅つきと云うものが始まるのだが、餅につく前のおこわが何よりも好きだった。おばにお願いして、蒸したてのおこわをずいぶんと頬張っていた。それから昔から使っていたらしい桜の臼と杵で、餅をつく。数年後から自動餅つき器を使うようになったが、臼と杵でついたものと比べて粘りがなく、しかももち米の粒も残っていると云う代物で、それでついた餅はまったくおいしくなかった。2年くらい自動餅つき器はつかったろうか。その後は、親族が集まって餅をつくということはなくなってしまった。餅をつくのにはとにかく人手がいる。ひとりだけで臼にいくつも餅をつくということは不可能なのだ。子供の数が小人数になり、人手が少なくなると、やろうと思っても餅つきはできなくなる。母方の実家の本当に狭い家でも5人の兄弟が集まり、餅つきが何回か行われていた。

 つく量はかなりのものだったと思う。しかも種類が多い。当地は丸餅で、何も入っていないもの。大きさを変えて鏡餅も作る。餡の入った餡餅。餡にしても、甘い通常の餡と塩の入った塩餡がある。さらに、とうもろこしの砕いたものが入ったとうきび餅、よもぎ餅等々はすべて丸餅。そして砂糖とよもぎを大量に入れて、餅箱に厚さ3cmくらいに伸して入れる。これは餅が乾燥した後に、包丁で切り、かき餅にする。それはストーブの天井でよく焼いて食べたものだが、特に味しかった。こういったものを半畳くらいの大きさのある餅箱に最低でも各家庭4個ずつは持って帰っていたので、相当量をついていたと思う。朝の8時位から夕方まで餅づくりを皆で行っていた。

 その頃は正月には床の間や水回りには鏡餅を供えていたものだが、完全に風物からなくなってしまった。

 うちの子供は餅が好きである。今日も1kg250円という袋売りの餅を買って帰ると、さっそく焼いてくれといって、焼いた餅を頬張っていた。すでに食文化としてのみになってしまった餅。これからも食べることが出来ればいいのだけど。

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