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2005.11.03

目線の流れについて/鬼海弘雄『PERSONA』(03)『ぺるそな』(05)

 注文していた鬼海弘雄の『ぺるそな』が着く。

 『ぺるそな』は既刊の 『PERSONA ペルソナ』 の普及版という位置付けで、新しい写真が49点、エッセー4篇が追加されたほか、オリジナルの『PERSONA』がA3判変形型の33cm正方形というかなり大きめのサイズだったのに対して、今回はA5判の通常の単行本サイズで1/3くらいの大きさに変更されている。


ぺるそな

鬼海 弘雄 (著)

単行本: 236 p ; サイズ(cm): 21 x 15
出版社: 草思社 ; ISBN: 4794214502
普及版 (2005/10/20)



PERSONA

鬼海 弘雄 (著)

大型本: 180 p ; サイズ(cm): 33
出版社: 草思社 ; ISBN: 4794212402
(2003/09/19)


 オリジナルで掲載されている写真がプリント原寸だったのが、普及版では小振りになり、写真のそのものの持つ迫力が失せ気味になっているのは仕方ないが、それ以外にも気になることがあった。

 オリジナル版はほとんどの写真集がそうであるように、左開きである。左から右のページを読むという製本である。普及版は縦書きのエッセイを掲載するようにしたためか、右開きに変更されている。版が異なると本の開きを変えるというのは、雜賀雄二の 『軍艦島』 でもあった。しかし、写真の並び替えが大きく行われ、オリジナルと新装版ではまったく別物と言っていいくらいに印象が変っていた。そこでは然るべき考慮がなされていたと思われる。一方、『ぺるそな』では、写真の並びが変わる事なく、ただ開き方が変っているだけのページが少なからずある。どういう事かというと、一見、同じページを一方のつくりでは、左から右にみ、一方では右から左へとみる。情報の入る順番は明らかに異なってくる。

 風景写真と人物写真では取り扱い方の面倒さが異なってくる。風景写真も構図で左右のウエイトが変ってくるが、特に人物写真は常に正面に向かっているとは限らないことが多い。左の方向を向いているものや、右の方向を向いているもの、それぞれが出てくるのだが、この向きと配置レイアウトによって、安定感が変ってくる。左開きの紙面の右ページに左向きの人物を載せるのには特に違和感がないものだが、左向きの人物を載せると途端落ち着きがなくなってしまう。本の右側の何もない部分にそのままウエイトが移動してしまって抜けたようになるのである。印刷物を作る時にはこれらのことは考慮されるのだが、『ぺるそな』では対応不可能としてはなから考慮を放棄したのかもしれない。人物のほとんどが正面向きか左向きでなのである。

 あたしの『ぺるそな』の評価は、『PERSONA』を持っているのなら特に購入する必要はないということになるだろう。もし『PERSONA』を持っていないのなら、『ぺるそな』を購入し、オリジナルのすばらしさを想像するのもいいかも知れない。とにもかくにも『PERSONA』の出来があまりにも良過ぎたということだ。


 『ぺるそな』の74ページの「十円硬貨を耳栓にしていた、日本画とジャズが趣味というひと 2003」と185ページの「きれいな文字を書くひと 2005」は同一人物で70歳くらいの男性なのだが、これが妙にホリエモン似なのである。目と口の特徴がホリエモンそのもの。ヤツが年老いたらこのような容姿になるのだろうか。この写真の人なら愛敬があって、まだいいのだけども。

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