1988年11月26日から12月9日にかけて2週間に渡って行った上映会。母体の映画館は3スクリーンあり、そのうちの1つが貸し切りとなった。
今ひとつ商売の上手くない小屋で、そこには映研の先輩が勤めており、常連客を盛り上げるためにも、なにか企画ものをやってみないかと持ち掛けられた。以前から、タルコフスキーをやってみたいねぇ、などという話をしていて、タルコフスキーの作品を可能な限りかけるという線で進めることになった。当時、大学の映研に所属しており、そこの連中に声をかけて集まったのが、7人くらい。大半の連中は学外での活動には興味なさそうだった。解散した自主上映団体の元スタッフや、映画館の会報誌でのスタッフ募集で集まったものが、これまた10数名ほどで、計20人ほどで企画を進めることになった。
まぁ、よくある話なのだが、この企画を実行に移すということは社長には了解を得ていたらしいのだが、映画館のスタッフ全員に周知されておらず、後から聞かされたという一部のスタッフからは冷たくされるし、さらにその映画館は一般の映画ファンの出資を募って作られたという経緯があるのだが、その出資者による運営委員会にもまったく話が行っておらず、後から厳しく進行計画や動員見込等詰問されることになった。
開催の3ヶ月程前から準備に取り掛かったのだが、とにかくこういうところに参加してくるという一般の映画ファンというのはひと言多いひとばかりで、進行するのが大変だった。社会人だから暇はない、アイデアは出す(ケチをつけるともいう)が、後は暇なあんたら学生さんにお任せする、といった具合である。ケチの典型的な例が上映時間だった。上映作品の大半が2日間限りの上映なのだが、2本立ての上映順を日によって違[たが]えて、最終上映で一本しか見れない場合は、翌日も見れるようにしろ、という、自分の都合を押しつけてくる。まぁ、スタッフだったら前日に試写をみるということも可能なのだけど、そんな事はお構いないらしい。
あたしが担当したのは全体の統括とパンフレット。パンフレットは事前に製作し、宣材としても使うということで販売は考えておらず、制作費用は広告で賄う必要があった。結果、パンフレット以外のビラ・チラシ、チケットに関しても、印刷代はすべて広告によって賄っている。広告をとってくるのはほとんど営業活動になる。これは後輩連中に任せたのだが、進捗が悪い。ある日、自宅に電話が掛かってきて「これ以上ダメです。無理です。不可能です」などと泣きついてくるのだが、「広告とりはそんなに簡単なはずはない。足で稼いでなんぼのもんや。もっと歩け」と突っぱねたこともあった。非常に申し訳なかったのたけど、そう答えるしかなかった。しかし、広告はなかなか集まらなかった。結果として、完成品のとおりいくつか枠が余ってしまったのだけど、それで咎めることはできなかった。
パンフレットを担当する者として、特別だったのは絵本作家である長谷川集平氏への原稿依頼だった。特に周りから求められていたわけではなかったのだが、長谷川氏から原稿を書いてもらえるとどんなにいいだろうと思っていた。長谷川氏は森永ヒ素の被害者を題材にした『はせがわくんきらいや』(76)という絵本で有名だが、当時、キネマ旬報に『映画未満』というエッセイ(映画評論)を連載しており、それをいつも興味深く読んでいた。映画を語ることは自分を語ることでもある。その映画に纏わる思索は新しい世界に導いてくれたような気がする。そこで彼はタルコフスキーを高く評価しており、その意見にはまったく共感をしていた。
氏の住まいに関しては『映画未満』のどこかで連絡先として記されていたことがあり、それをもとに連絡をとった。ノリ的にはファンレターがてら、あわよくば寄稿もということだったが、氏は「掲載誌を送っていたたくということで...」ということで快く原稿を送ってくださった。原稿はワープロ打ちであったが、肉筆のイラストを手にした時は、手が震えたものだった。イラストは返却依頼があったので、早々に送り返させて頂いたが、これは半分泣く泣くに近かった。氏の原稿は普遍的な内容も含んでいると思うので、是非、読んでもらいたい。
コスト削減のため、版下はすべて自分で作ったのだが、当時はまだワープロ専用機しかなく、レイアウトの編集はすべてコピーによって行っている。従って、文字の劣化が著しく非常に汚い紙面となってしまった。一部紙面の傾きがあるが、これは今回電子データにする際のスキャン時に生じてしまったものである。
才能のある人間と一緒に作業をするのは楽しい。このビラがその例である。たぶん、このビラとほとんど同じレイアウトでポスターも作ったはずである。ポスーに関しては、作製部数が少なかったのか、手もとにはまったく残っていないが。
ビラにあるイラストはタルコフスキーの写真からトレースされたものだが、これを作ったのは当時、教育学部中学校過程美術専攻というサークルの仲間で、卒業後は実際に美術の教員になった。とにかく器用で、あれよあれよという間に作ってしまう。普通の絵は見たことないが、こういうシルエットものは最高の出来を示してくれる。サークルでのイベントではしょっちゅう活躍をしていた。A4サイズの原画は、しっかりあたしが頂きました。
2週間で動員は800人くらい。決して多い数字ではないが、その映画館としてはまったく悪くない数字だったし、海の向こうからわざわざ見に来てくれたひとも何人もいた。学生の身分から社会の幾らかを垣間見ることをはじめた一歩で、ある意味社会人としてのあたしの始まりだったのかもしれないと思う。
上映作品:アンドレイ・タルコフスキー監督作品 (上映順)
ノスタルジア
惑星ソラリス
ローラーとバイオリン
僕の村は戦場だった
鏡
ストーカー
画像をクリックすると全文をPDFで表示できます。ただし、ファイルサイズが大きいので覚悟が必要です。
参考までに、長谷川氏の書籍を紹介しておきます。
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はせがわくんきらいや
長谷川 集平 (著)
大型本: サイズ(cm): 31
出版社: ブッキング ; ISBN: 4835440587
(2003/07)
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映画未満
長谷川 集平 (著)
単行本: 278 p ; サイズ(cm): 21 x 15
出版社: 筑摩書房 ; ISBN: 4480871608
(1990/09)
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