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2005.11.17

沢田研二『2005 コンサート greenboy』

 帰り間際、隣の20歳の同僚が「行きますか?」とくれたメールの印刷。今日、ジュリーのコンサートがあるらしいのだが、招待券応募の当選メールの印刷したものを受付で見せるとフリーで入れるらしい。当たったら親にでもやろうというような冷やかしで応募すると当選してしまい、20そこそこではジュリーを知っている訳はなく、どうも行くという適当な人もいなかったらしく回ってきたのだ。

 樹木希林の腰を振りながらの「ジュリ~~ィ!」のドラマネタは当たり前だし、熱中したという訳ではないけど、学生時代、一時期よく聴いていた頃があった。その日の話で唐突だったが、職場のすぐそばの会場でもあるし、有り難く印刷を頂いた。

 市内では中程の大きさになるホールでキャパは2000人。このホールが9割入りになっていた。来場者の8割半は女性だった。しかし、招待券当選メールの印刷は当日券に交換する必要があるのだが、その列がかなりなもので数100人は並んでいた。席は2階席だったのだが、雰囲気的に2階席は招待客のような雰囲気だった。その数650席程。

 サクラというか席埋めは泉谷しげるのコンサートでも経験があった。20年程前、ドラマの主題歌に使われてロックバージョンの「春夏秋冬」が流行ったことがあったが、その時のコンサートがそうだった。しょっちゅう顔を出していた映画館に行くとスタッフに、良かったらいってやってくれ、とチケットを手渡されたのだ。ガラ空きの会場は感じが悪いし、どうせならタダでもいいから人を多くしたいという主催者の判断なのだろう。泉谷のコンサートはそれでも4割入れで、泉谷は「テメーラ、このヤロー。馬鹿にすんじゃねーぞ。もっとダチを呼んで来いよ」と観客に唾をはいていた。

 今回のコンサートでジュリーは「昔、来た時はガラガラでもう来ることはないと思っていたんですが、今日はこんなに来て頂いてびっくりしてます」なんてことを言ってて、とても悲しくなった。今も昔も本当は変わりはしないのだ。変わったのは通信手段で、短期間で手間をかけず人の操作を行うことができるようになっただけなのだ。

 かつて麗人と言われていたジュリーは、2階席からはダルマに足をつけたような丸っこいのが走り回っているようにしか見えなかった。彼をTVで見かけなくなって20年経つがこの変わりようはやはり淋しいものがある。年齢も57歳で、うちの部長クラスの年代、部長が舞台で走っているのを想像するとどうしようもなく痛々しい。とはいえ、あの艶のある声はまったく衰えていなかった。

 たぶんかなりの歌唱力で歌っていると思うのだが、低音利かせ切った爆音で、まともに聞き取れない。コンサートに行くといつも思うのだが、なぜ、音量ばかりで聴かせるつくりにしないのか。音量は確かにノリには必要かもしれないが、すべてぶち壊している。音楽を聴くつもりなら、会場に行くよりもライブCDを入手した方がよい。コンサートは珍獣を見に行くようなものかと思ってしまう。

 観客のひとりに和服姿の女性がいた。1階席のノリノリの場所にいて、ずーっと立って一緒に手拍子したり、踊っていたりする。あんな格好で汗かくと後が面倒だと思うのだが、とにかく目立つというのが大切だったのだろうか。感心しながら、2階から小さな姿を見ていた。

 体力の関係もあってか1時間半でひとまず終了。特にこれといったトークもなく、ずーっと歌い続けて、いきなり「サヨウナラ」ときたから唖然としてしまった。一応、アンコールで15分ほど。ラスト曲はお馴染の「TOKIO」だった。誰でも知っている曲があるとそれなりに乗って終われる訳だが、あまりにもいかにもという感じもあって、半分シラケないでもない。トリにあまりにも有名な曲を持ってくるのはやはりよくないのかもしれない。

 あたしの好きな「晴れのち BLUE BOY」は歌われなかった。ちょっと悔しかった。

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