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2005.10.25

W.ユージン・スミス, アイリーン・M. スミス『写真集 水俣 MINAMATA』(82)

 ここ2ヶ月ばかり探していて、途中、ヤフオクの落札に破れたこともあったりしたものの、ようやく古書店で発見して購入できた。W.ユージン・スミス, アイリーン・M. スミス夫妻による『写真集 水俣 MINAMATA』だ。


写真集 水俣

W.ユージン スミス, アイリーン・M. スミス, 中尾 ハジメ(訳)
大型本: 192 p ; サイズ(cm): 30
出版社: 三一書房 ; ISBN: 4380912450
新装版 (1991/12)

 この写真集の中には特に有名な一枚の写真がある。母親が水俣病の胎児性患者の娘を抱いて湯船に浸かっている写真だ。痩せこけた体を反らして天を仰ぐ娘を母親が優しく見つめている。この痛々しくも穏やかな様子のカットは水俣病被害の象徴にもなった。

 71年に撮影された当時、母親に抱きかかえられていた智子は15歳だったが、その6年後、21歳で死亡する。その後も公害問題に関して事あるごとにその写真は用いられ続ける。家族には「もうここらで、智子を休ませてあげられないか」という意向が高まり、98年6月に写真を管理するアイリーン(スミスは78年に死亡)は智子の家族に会い、10月30日付けで写真を家族のもとに返すことに承諾した。それ以来、あの写真は公開が禁じられることとなっている。

 ユージン・スミスを初めて意識したのは、雑誌Switchの87年8月号で、だった。すでに知っていたロバート・キャパとともに[レンズの交錯]と題されて特集されていた。キャパは戦場で死んだように典型的な戦場カメラマンだった。スミスも同様戦場カメラマンを体験し、沖縄戦の同行で負傷をするが、戦場よりより人間と密着し、人間そのものを撮ることに優れていた。写真を撮るだけでなく、文章も付け加えるフォト・エッセイというスタイルを好み、48年に『ライフ』に掲載された『カントリー・ドクター』が紹介されているが、写真・文章とが相乗効果を生み、非常に奥深いものとなっていた。この特集で先の「母子像」が紹介されており、忘れがたいものになっていたのだ。

 忘れることのできなくなるのには十分な写真だったものの、A4ページの1/3程度の大きさであり、鑑賞するというのには不十分な大きさだった。先のこの写真の封印の記事をたまたまインターネットで読み知り、早いうちに写真集そのものを入手しておく必要があると思った。

 取り寄せたものは著者のひとりであるアイリーンの贈呈サイン(3/22/82の日付)のあるもので、定価4800円が5250円(+送料450円)だった。日焼けがあるものの、本文は折れのない綺麗なものだった。

 普段なら、あたしが買ったものにはまったく興味を示さないカミさんが、勝手に持っていって読んでいるという代物。確かにフォト・エッセイの極みといわれる作品で、水俣問題を3年間にわたって取材した様にはぐいぐいと惹かれるものがあった。その内容、そして、さらなるそのほかのことについては、後ほどふたたび。

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