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2005.10.29

活動について

 いわゆる「活動」というのは非常に苦手である。だから、労働者の権利でもある労働組合にも参加していない。

 学生時代、映画好きが高じて学外で自主上映会を催していた。自分が代表をつとめていたものもあったが、それ以前は、すでに上映活動を行っていた団体に参加していた。大抵が本当に映画好きでやっていたのだけど、中には市民活動もやっていて、文化活動の一環として参加しているような趣の人もいた。上映会では市民活動のチラシも配るというのは当たり前のようになっていて、なんだかいやだった。

 活動をしている人たちは実に広い範囲に関っている。凄いなと思う半面、どこまで本気なのだろうかとも思う。あれもこれもって、実際に責任をもってやれるもんだろうか。そういった活動というのは個人ではなく、集団である。そんなに簡単に意志の統一ができるのだろうか。使命感によって行動しているのだろうけど、手弁当の無報酬で継続は可能なのか。

 個人が個人のこととして個人で活動をしているのなら認めるが、組織化された活動はなんとはなく生理的に嫌悪感を感じる。

 あたしの作っていた上映団体は映画館に寄生したようなもので、ノーリスク・ノーリターンの本当に趣味の活動だった。成績が悪ければ、活動中止。まぁ、自分がみたい映画がビデオでなくって、立派なスクリーンで見られるというだけだから、特に文句はない。団体の成績うんぬんというより、そのうち映画館の経営が悪くなって本体がなくなってしまったのだけど。

 手弁当のボランティアを何か特別な事をしていると思うのなら、止めた方がいいと思う。精神的によくないと思うし、そういった団体の多くはそんなに価値のあるものをもたらしていないような気がする。やるのなら、有償にする等、恒常的な収入のある形式にして負担を軽減し、継続可能な形にすべきである。

 『写真集 水俣』の撮影中、ユージンは五井事件(72/1/7)というものに巻き込まれる。チッソ五井工場での被害者の交渉を取材中、チッソ社員に襲われ、片眼を失明するという負傷を受ける。しかし、「私は告訴しないことにした。原告とジャーナリストをまっとうすることは無理だから。」 6年後、この怪我がもとで脳溢血で倒れ、彼は亡くなる。

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コメント

よくない自分とかを労働したかった。


投稿: BlogPetのフタキンSkywalker | 2005.10.30 12:44

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