切り刻む
先に紹介した志麻永幸『愛犬家連続殺人』のキーワードのひとつは「切り刻む」だった。勿体ぶらないでストレートにいうと、殺人鬼は殺害した人間の遺体を風呂場で数cm角のサイコロステーキ大の大きさに切り刻んだあげく、肉は川に捨て、骨はドラム缶で廃油を使って完全な灰にし、完全犯罪を企てていた。遺体の発見は困難で、従って、「ボディーは透明」なのだった。
その「人間を切り刻む」という行為で思い出したのが、P.P.リード『生存者 アンデス山中の70日』(74)である。
![]() | 生存者 アンデス山中の70日 P・P・リード (著), 永井 淳(訳) |
この書籍は1972年10月13日に起った飛行機墜落事故の生存者を取材し、事故からその生還までを詳細に記したものである。
ウルグアイのラグビーチームがチリで試合を行うために乗り込んだ飛行機が、アンデス山脈の真っ只中に墜落してしまう。この事故で3名の乗員と42名の乗客のうち、パイロット・副操縦士乗員2名、そして、13名の乗客が命を失う。遭難者の身内は霊視能力者までを使っていどころを探そうとするが、アンデス山脈での空からの捜索活動は困難を極めた。荷物のなかの僅かな食料はあっという間に底をつき、また、アンデスの雪原には食糧となるものは全くなかった。
この後、雪崩が起きたり、負傷の悪化により、最終的に生き残ったのは16名だった。16名のうち、二人が9日間かかって山を下り、人里まで辿り着き、そうして救援を求めたのだ。12月20日、事故から10週間目にして彼らは救助される。この遭難について、当時、テレビ報道されたのをよく覚えている。彼らが生き延びるために行ったことはやはりショッキングであり、彼らが生活していた飛行機の残骸の周りに散らばっているものをとらえた映像は鮮明ではなかったけども、おぞましく目を伏せたものだった。
彼らが生きるために選択したのは、仲間の肉を食うということだった。すでに多くの仲間が死んでおり、そこにある肉を食うか食わないかだけの選択だった。当時生きていた全員がそれを選んだ。はじめは肉を掻き取り、口に無理に入れるというやり方が、解体も分業になり、また、生肉のまま食べるのではなく日に干して食べたりもした。正午に肉が配分され、一日200gという量だった。栄養の偏りは激しかったようだが、おかげで事故以前の体重を減らすことはあまりなく、むしろ増えていた者もいた。肉は骨から綺麗に掻き取られて、食べられた。味に変化が欲しいということで、肺、更には脳も食べられた。割られた頭蓋骨の頂点部分はいい皿になった。
凄まじい状況に思えるが非常に淡々とした有様である。人間の営みが行われていたに過ぎない。感覚が麻痺したというより、生きるためにはそうしなくてはならなかったのだ。殺し合いをしたわけでもなく、そこにある肉を食しただけである。特にどんな状況下にあっても希望を捨てず、実際に自らの力で救助を求めたパラード青年には感銘を受ける。
この事実が映画化されたのが、フランク・マーシャル『生きてこそ ALIVE』(93)である。もちろん、先の『生存者』が原作となっている。撮影にはパラード本人もアドバイザーとして参加している。
![]() | 生きてこそ
|
小説を読んだ後に映画を観るとダイジェスト版にも、また、かいつまんで作っているようにも見えない。原作の450ページあまりは、あまりに重く、そして、清々し過ぎる。だから映画の存在感はどうしても皆無に等しくなってしまう。これはどうしようもないことだ。
普段なら原作を読んでから映画を観ることを勧めるが、今回の場合は、映画を観てから本を読むことを勧める。映画が本を読むための非常によい手助けになるからだ。飛行機の残骸での生活の実際は文字では表現し辛い。人間関係の些細な部分はよく判るが、おかれている具体的な環境というのは想像し難い。そういったところは映画では一目了然となるのだ。また事故の様子も優れた特撮で描かれている。
DVDの特典はパラードをはじめとする実際の生存者たちのインタビューが豊富に納められている。当時の映像も挿入され、小説を読んだ者にとっては特に興味深いものになるはずである。
久々に『生存者』の解説を読んでいると、著者のP・P・リードは美術史家ハーバート・リードの子であるらしい。芸術とは何か、ということに思い悩んでいた頃、ハーバート・リードの書籍を読んだことがあり、これが非常に面白かった憶えがある。
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