自殺サイト
「自殺されるか殺されるか...」にコメントを下さったmineさんへの返事。本来はコメントとして返すべきなんだろうけど、重要な話だと思い記事にしました。
自殺サイトだけど、ここに集って死んでしまう連中って本当に死ぬ気なのかどうかというと、意外とそうでもないんじゃないかと思う。実は「赤信号皆で渡れば怖くない」といった心情でちょっとしたノリで逝っちゃう者がほとんどなのではないだろうか。
一人で死ぬ人間も果たして本当に死にたいと思って死んでいるのか、それも疑問。鬱病を患っていた友人は数ヶ月間休職して精神科に入院していたのは知っていた。その入院の理由というのは「自殺してしまうかもしれないから、入院させてくれ」ということで、自らが望んで周りに無理を言ってのものらしかった。多少落ち落ち着いたので退院し、それからしばらくしてから命を絶った。
死にたい者は死ね。こういう物言いはあんまりだと思う。誰しも何かしらの幸せを望んでいる。生きていればほんの僅かな可能性かもしれないけど、それを得られるかもしれない。そういった可能性をすべて断ち切るというのは、常識的に考えると普通でない。一人で考えに考え、そして孤独に死んで行く人の心の閉ざされ方はたぶん想像を絶していると思う。
他人に判断を委ねて最終的に自分自身で判断を下すことを止めるのは楽。でも、その結果、自分が望まない方向に進んでしまうことが多々あるのも確か。自殺サイトが危険視されるのはこういった傾向が助長され、本来なら死なないで済んだのに死んでしまう可能性がとてつもなく高いから。
ひとりで逝く時は殺伐とした風景が目に浮かぶけど、集団自殺の時はどうなんだろう。物静かかもしれないけど「じゃ、今から煉炭に火を入れますよ」なんて感じで、ちょっとした和気藹々さもあるんじゃないか。まぁ、映画『生きない』みたいなことはないと思うけど。そういった穏やかな感じで逝こうと思っているところに、快楽殺人犯に口を塞がれ、窒息死させられたのでは堪らないものがあったんじゃないだろうか。そうして、間違いなく「死にたくない」と思ったはずだ。
自殺幇助も犯罪と見なされているし、そういう意味でもこの事件が被害者にとってやむを得ないといってしまうのは論外だろうと思う。ただ安楽死に関しては判断が難しい。尊厳死の問題と深く関わってくるからだ。
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