愛を感じる小説
恋愛小説ではないけど、著者の愛を感じる小説がある。愛というか、特別な静かな眼差しというか。
中学・高校時代はスラップスティックを存分楽しませて頂いた筒井康隆だったけども、七瀬三部作、特に『家族八景』というようなものにも感銘を受けた。他人の心を読めるテレパスを主人公とした短編SF集で、その人間描写には完全に参ってしまった。このあたりは筒井ではメジャーで多くの人が知るのだけど、あたしとしては『新日本探偵社報告書控』というたぶん彼の作品の中では知名度がやや低めと思われるものがどうしようもなく好きだったりする。
新日本探偵社報告書控 筒井 康隆 (著) |
戦後の昭和26年から昭和33年までの大阪の興信所が作成した調査報告書をメインとする小説。調査報告は取引先の信用調査から雇用予定者の身元調査、それから浮気調査もあったかな、本当に多岐に渡るものが掲載される。その95%がカタカナ表記による調書なので、ちょっとばかり読むのに時間がかかる。しかし、普通のかな表記であれば、全く違った印象を持つだろうと思われるし、そういう意味でもこのカタカナ表記は想像以上に重要な手法でなかったかとも思われる。
それによってあらわになるのは大阪という街が復興していく様である。何もないところから人の手によって経済活動が懸命に営まれる。そういう様子が如実に報告書によって表現される。
大阪生まれの筒井の大阪を見る目が温かい。小説自体は報告書とやや無機質に調査員の行動を追ったものだけど、そのクールさ故に余計に大阪に対する愛情があふれているのを感じる。ツツイは生っ粋の大阪人なのだ。そのなんとも言えぬ感覚を味わうために最低でも2年に一度は読み返してしまう。
筒井と言えば、星新一、小松左京と来てしまうのだけど、小松左京の『日本沈没』も愛にあふれている。高校時代、単なるベストセラーだということでこの本を読んだのだけど、最後は泣いてしまった。日本を沈没させるというスペクタクルがメインであることには間違いないが、日本に対する、日本という風土に対する愛情が最後あらわになり、泣いてしまった。小松は日本への愛着を描くために、日本を沈めなければならなかったのかもしれない。
好きだ好きだというのも悪いとは言わないけども、黙って何かを伝えるという技術も身につけてみたい。
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