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2005年8月の41件の記事

2005.08.31

久々のPC事故

 PCのドライブのひとつの空き容量が少なかったので、ソフトを使ってパーティションサイズを変えて凌ごうと思い、処理をすると途中でエラーがでた。結果、フリーソフト等の小さなソフトを入れていたドライブの認識ができなくなって、いろんな手を使って対処したのだけど、結局だめ。

 データは別ドライブにあって、まぁ、死にそうな気にはならなかったのだけど、作っていたシステムのヘルプファイルの元データが全部飛んでしまった。70ページほどあるもので、最近、手直しをしたばかり。手直し前のものはあるんだけど、フリーソフトでやっているから逆コンパイルすることもできない。そう大した変更もしていないから、ヘルプの修正はなしで配布しようかなぁ。

 ということで、ちょっと落ち込み。

 さらなる落ち込みは、明日から上の子が実家から学校に通うということで、送り届ける。なんというか、けろっとしている。すでに物置になっていた二階のあたしの部屋があてがわれるようで、張り切ってもいた。もう友達もいるということもあるのか、雰囲気は遠足か修学旅行の前日の乗り。あたしにはよくわからん。

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2005.08.30

ドーム

 TBSの『広島・昭和20年8月6日』をみたが、再現された原爆ドームの在りし日の姿は何とも言えないものがあった。しかし1915年に作られたものであり、すでに30年経っているのにもかかわらず、あの真新しさ。リアリティにちょっと欠けていた。

 ドームをもつ建築物を毎日のように見ているし、よく足も運んでいる。うちの県庁の本館がドームをもつ建築物なのである。広島県産業奨励館(原爆ドーム)から15年程遅れて建てられているようだけども、中はなかなか豪華な作りになっている。戦時中は空襲に備えて迷彩色で塗られていたらしい。当地も空襲を受け、251人と死者数こそ少ないものの市内全戸の半数強を焼失した。県庁内部の焼失があったかどうかは調べても判らなかった。市内の地方気象台(旧測候所)も県庁と同年に建築されたもので現存しているのだけども、落ちてきた焼夷弾で天井に10cmくらいの穴が空いたが焼失することはなかったという。

 ちなみに県庁のドームだが、あのドームの中に入れる構造にはなっていない。単なる飾りである。ただドームの真下の出っ張り部分は会議室になっていて、狭いらせん階段を用いてそこに至るようになっている。会議室の窓枠は今も木製のままだった。

 昨日は上の子が帰ってきていて、9時からTVで何を見るのかとしきりに問うてくる。普段はTVタックルをみるのだけど、それなら居間でなく別室(あたしの書斎)でTVをみるという。どうやら息子も『広島・昭和20年8月6日』をみるつもりでいたらしい。久しぶりに自宅の居間で横になって子供と一緒にTVをみた。

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2005.08.29

家庭5

 カミさんが夏休みの間、あたしの実家に行かせている上の子を、新学期が始まってもそのまま置いておくという決断をしたらしい。子供にとっては何だかんだ言いながらも寝耳に水に近い気分だろうと思う。最悪の状態だと思うもんな。まぁ、カミさんが育てる自信がないと言うんだから仕方ない。とはいえ、不甲斐ない父親で子供には申し訳が立たず、正直、あわせる顔がない。

 これが一家離散の始まりなのか、回復への長い道のりの始まりなのか、今のあたしには判断がつかない。

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2005.08.28

車上荒らし

 カミさんが夜半に帰ってきて、車上荒らしにあったという。珍しく街に出ていて、タワータイプでない駐車場に車を置き、車に戻るとロックをしていたドアが数センチ開いていたらしい。

 うちの車は街乗り車(スターレット)で全くの高級車ではない。ウィンドウもロックもすべて手動という貧乏たらしいもの。特別な装置は当然装着していない。荷物を車に残してなかったらしく、従って盗るものは全くなかったはずである。こういう場合も盗難未遂ということで本来は警察に届出する必要があるんでしょうねぇ。

 夜12時すぎに帰って来たんんでてっきり怒られると思っていたカミさん。そら朝になっても帰らなければ心配もして怒るとは思うけど、この時間帯くらいなら普通ではないかと。結婚して12年、あたしはちっとも理解されていないことに気づく。

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2005.08.27

愛を感じる小説

 恋愛小説ではないけど、著者の愛を感じる小説がある。愛というか、特別な静かな眼差しというか。

 中学・高校時代はスラップスティックを存分楽しませて頂いた筒井康隆だったけども、七瀬三部作、特に『家族八景』というようなものにも感銘を受けた。他人の心を読めるテレパスを主人公とした短編SF集で、その人間描写には完全に参ってしまった。このあたりは筒井ではメジャーで多くの人が知るのだけど、あたしとしては『新日本探偵社報告書控』というたぶん彼の作品の中では知名度がやや低めと思われるものがどうしようもなく好きだったりする。


新日本探偵社報告書控

筒井 康隆 (著)
文庫: 378 p ; サイズ(cm): 15 x 11
出版社: 集英社 ; ISBN: 408749702X
(1991/04)


 戦後の昭和26年から昭和33年までの大阪の興信所が作成した調査報告書をメインとする小説。調査報告は取引先の信用調査から雇用予定者の身元調査、それから浮気調査もあったかな、本当に多岐に渡るものが掲載される。その95%がカタカナ表記による調書なので、ちょっとばかり読むのに時間がかかる。しかし、普通のかな表記であれば、全く違った印象を持つだろうと思われるし、そういう意味でもこのカタカナ表記は想像以上に重要な手法でなかったかとも思われる。

 それによってあらわになるのは大阪という街が復興していく様である。何もないところから人の手によって経済活動が懸命に営まれる。そういう様子が如実に報告書によって表現される。

 大阪生まれの筒井の大阪を見る目が温かい。小説自体は報告書とやや無機質に調査員の行動を追ったものだけど、そのクールさ故に余計に大阪に対する愛情があふれているのを感じる。ツツイは生っ粋の大阪人なのだ。そのなんとも言えぬ感覚を味わうために最低でも2年に一度は読み返してしまう。

 筒井と言えば、星新一、小松左京と来てしまうのだけど、小松左京の『日本沈没』も愛にあふれている。高校時代、単なるベストセラーだということでこの本を読んだのだけど、最後は泣いてしまった。日本を沈没させるというスペクタクルがメインであることには間違いないが、日本に対する、日本という風土に対する愛情が最後あらわになり、泣いてしまった。小松は日本への愛着を描くために、日本を沈めなければならなかったのかもしれない。

 好きだ好きだというのも悪いとは言わないけども、黙って何かを伝えるという技術も身につけてみたい。

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2005.08.26

今日買った本

 先日、『黒い家』の新品を買って、文庫本ながらその価格の高さにびっくりした。定価680円。あたしが文庫本を買い漁っていた頃なら420円くらいのものだ。新品は買えないなぁ、と思って、久しぶりにブックオフに行き、思いつくまま適当に買い漁る。すべて105円均一。

 鈴木博之・『東京の[地霊(ゲニウス・ロキ)]』・文春文庫・467円
 筑波昭・『惨殺! 昭和十三年 津山三十人殺しの真相』・旺文社文庫・460円
 立花隆・『宇宙からの帰還』・中公文庫・476円
 山本七平・『これからの日本人』・文藝春秋・1905円
 エドワード・ヨードン・『デスマーチ なぜソフトウェア・プロジェクトは混乱するのか』・トッパン・2200円
 神丘新太朗・『究極の人間学』・星雲社・971円
 大岡玲・篠山紀信・『篠山紀信 目玉の欲望』・毎日新聞社・3200円

 『宇宙からの帰還』は発刊当時の単行本をすでに持っているんだけど、何とはなく文庫版も買ってしまった。
 これだけあれば二週間は持つでしょう。

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2005.08.25

無線LANアクセスポイント初体験(BlogPet)

時間くらいネットに店員さんが「Singleならこんなもんですよ」
なんて指で1.5cmくらいの厚さを使ってSPAMをデリートしてくれるらしい
O-Maruたちが、シアトルで広い都市などするのでなかなかチャンスが、シアトルで広い都市などするのでなかなかチャンスがない
ネットで調べてそのコーヒー店に行ったのだから、アクセスポイントというのでもいいのだけど、この際だから、アクセスポイントというのでもいいのちょっとした気付け薬のようなものだった
と、O-Maruが考えてるみたい♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「フタキンSkywalker」が書きました。

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手元に置いておく

 20年数年前に廃刊になった雑誌があって、廃刊直前にその雑誌を知り、36号出たうちの7号分を古本屋で見つけ出したまま放置しているものがある。非常に興味深い雑誌でずーっと揃えたいと思っていた。最近、虫が疼いてきて困っている。オークションでは分冊で定価以上、ひどい場合は価格の4倍ほどの額で出品されている。もう29冊を揃えようとするとちょっと気が遠くなりそうである。

 書籍であるとかDVD、CDの類を借りるというのはどうしてもダメである。反芻できるように必ず手元においていなくてはならない。決してコレクションという訳ではない。手放すのがもったいないという訳でもない。それを再びみることができなくなるのが、どうしようもなく辛いのである。我が身の一部を失ってしまうような気持ちになってしまう。

 こういったこだわりというのは物慾というよりも感覚慾というような気がする。初めて見聞きした時の快感をもう一度味わえないと気が済まないのである。蔵書家とかというのは意外と感覚的なひとが多いのではないかと思ったりもする。

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2005.08.24

スピルバーグの映画

 スピルバーグの映画は幼児性が顕著なので基本的には好きではないのだが、いくつか好きなシーンがある。いずれも音楽が関係している。

『未知との遭遇 Close Encounters of the Third Kind』(77)
 もちろんマザーシップとのあの5音階を使っての交信シーン。音楽的にも非常に引かれるものがある。あの旋律を見つけ出したジョン・ウィリアムズの能力に感服。オープニングの砂漠のシーンがドキュメンタリータッチだったりするのも嫌いではない。


未知との遭遇 ファイナル・カット版

監督: スティーブン・スピルバーグ
出演: リチャード・ドレイファス, フランソワ・トリュフォー


『1941 1941』(79)
 何が何やらよく判らないおもちゃ箱をぶちまけただけのような映画なのだけど、ビックバンドの演奏を背景にホールで水兵たちがダンスを踊るシーンが好き。SingSingSingに似た曲がかかり、そのドラムがとてつもなく良かった。あの曲はなんだったんだろう。


1941



『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説 Indiana Jones and the Temple of Doom』(84)
 この映画で好きなのはオープニングの20分だけ。特にクラブ"オビ・ワン"のミュージカル・ショウがどうしようもなく素敵。あのミュージカルというのはこの映画のために作ったものなのか、別にオリジナルがあるのか。誰か知っている人がいたら教えてください。もしオリジナルがあるのならそちらの方も是非見てみたい。


アドベンチャーズ・オブ・インディ・ジョーンズ コンプリートDVD


 いずれもジョン・ウィリアムズの係わっている映画だけど、この人もなかなか息が長い。あたしは『タワーリング・インフェルノ』(74)のようなちょっと大人っぽいスコアが好き。

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2005.08.23

男と女の違い

 何か問題があり、それをまわりの人間に告げる時、男は問題解決を前提として話をし、女はその状況におかれて持っている感情を共感してもらおうとして話をする。

 この違いが実は相互理解を不可能にしているような気がする。もちろんあたしの家庭の話であるけど。家庭だけでなく、職場のおばさんにも「冷血」だとかって言われたような気もする。

 あたしがそういう問題を持ち掛けられて、堪らんなぁと共感した場合、うんうんという相槌をうつより、解決策を考えてしまうのだけどもどうもこれがいけないらしい。だったら相談なんかするなといいたくなるのだけども。こっちが真剣に解決策を考えれば考えるほど深く溝が出来てしまう。終いにはそんなことを言ってもらいたいんじゃないと真剣に怒られる。お互いが男性的女性的であるほど、厄介になってくる。

 正直、共感してもらってことが解決するのだろうか。素朴な疑問である。相談を持ち掛けるのは、多くは結果がでており、それを後押ししてもらうためにいうということもある。女性には問題すべてがそういうことなのだろうか。さっぱり判らない。

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2005.08.22

コイズミの馬鹿さ加減

 地に足が着いてないと思うのだけど、支持率は上がっているらしい。よく判らない。

 刺客だのといって、クソ堀江を始めとする政治に縁のない人間を引っ張り出して、選挙戦を勝ち抜こうとする。民主主義が所詮、数の争いであり、質はその次であるということの典型的な現れであり、それを首相が押し進めている。

 勝てば官軍、手法よりも結果というが、手法を誤っていれば、一時的に良い結果をもたらしても、いずれ必ず災いをもたらす。コイズミは正気を失っているとしか思えない。

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家庭4

 1週間振りに実家から自宅に戻る。上の子は実家に残留。とりあえずもう一週間居るということで、丁度一ヶ月の一人だけでの滞在になる。

 余程自宅が嫌なのか、実家のじじばばの相手がいいのか、いっこうに家に帰ろうとは言いださない。一週間一緒にいて、いろいろ話していても本音を言わないところが気にかかる。

 それにしても順応性が良いもので、家の前で何人か小学生が遊んでいるのにあっという間に馴染んでしまって、一緒に遊んでいる。同学年の子がいて、「こっちに引っ越してきたら同じクラスになるな」(そのクラスの人数が少ないからか)とかという話までしている。友達には困らない、年上や年下ともうまくやれる人間なので、世渡りには苦労しそうもないような気がする。

 とはいえ、辛い思いをさせているのは間違いない。親としても辛い。

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2005.08.21

貴志祐介『黒い家』

 見たり聞いたり悩んだりの中年ゲーマーさんも薦めていた貴志祐介『黒い家』を読んでみる。


黒い家

貴志 祐介 (著)
文庫: 392 p ; サイズ(cm): 19 x 13
出版社: 角川書店 ; ISBN: 404197902
(1998/12)

 生命保険会社で保全業務についている主人公。保全業務とは契約済の顧客に対するサービス全般のことをいい、保険金の支払も含まれる。新聞でも決して珍しくない保険金目当ての殺人について描かれるのだけども、その殺人者の異常さが段々と明らかになってくる様が描かれる。

 少なからず謎解き的なところがあって、それによって恐怖が増すという作りになっているんだけど、森田芳光によって映画化されたものを先に観てしまっているからそういった面白さが完全に半減。完全に失敗です。だからこの小説は映画化して面白くなるかどうかというとあまり面白くならないような気もする。実際、あんまり面白くなかったし。映画を未見な人で小説を読むかもしれないという人は、絶対に先に小説を読んでおきましょう。その反対をすると二重に後悔する可能性があります。

 とはいえ、業界ものの小説というのはそれなりに面白い。貴志祐介自身、実際に生保会社勤務歴があり、われわれが知らない世界を垣間見ることができるからだ。ディテールが細かいほど面白い。この小説にはそういった面白さもある。特に金が絡む業界にはいろいろある。あたしも医療保険関係にしばらくついていたけど、色んなことを見聞きした。

 後半妙に話の展開が早くなっているのが残念。展開毎の配分をちょっと誤っているようなところも見受けられる。ページ数は多いけども、読んでいて労力は感じない。

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2005.08.20

無線LANアクセスポイント初体験

 無線LAN無料アクセスポイントというのを初めて使った。シアトルベストコーヒーという全国チェーンのコーヒー店でのサービスである。

 ここんところまともにネットに接続できていないので、メールも未受信のまま数100通溜まっているし、まぁ、メーラーでリストのみを落してSPAMをデリートしておくというのでもいいのだけど、この際だから、アクセスポイントサービスを使ってみようと思い立った。都市部に住んでいる人は交通機関を多用し、駅とかでの空き時間を使ってこういったサービスを使う機会は多いのだろうけど、田舎ではdoor to doorの生活だったりするのでなかなかチャンスがない。

 ネットで調べてそのコーヒー店に行ったのだけど、いわゆるセルフサービス系のごく普通の店舗。店内を見わたしても「アクセスできます」というアナウンスは全くない。幸いにして、先客にPCをすでに広げているサラリーマンがいたので、あたしも安心して鞄からPCを取り出すことができたのだけど、彼らがいなければ試してみる勇気はなかったろうと思う。それほど、お客がお姉ぇさんばかりのごく普通のお店だった。

 初めて無線LANに繋げたのだけど、なんら問題もなく、実に素っ気なく繋がった。リンク速度は48Mbpsというかなりのもの。時に12Mbpsとかに速度が落ちたりするけども、自宅でのADSLよりは遥かに高速である。メールを落してみたりして、1時間くらいネットに接続。ACアダプタの持ち合わせはなかったけど、この店は電源も無料で提供してくれるらしい。

 注文はエスプレッソのSingle。注文時に店員さんが「Singleならこんなもんですよ」なんて指で1.5cmくらいの厚さを示してくれたけど、確かに言われた通り、受け取った小さなカップのその1/4くらいしか液体は入ってなかった。まぁ、1時間260円でネットをさせてもらって、エスプレッソはその間のちょっとした気付け薬のようなものだった。

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2005.08.19

bモバイル・アワーズ(b-mobile hours)

 今、居候になっている実家には通信環境が全くない。年寄りはインターネットなど得体の知れないものと思っていて、全く関心がないどころか忌み嫌っているくらいである。ということもあって、電話回線を借りるのも何だしと云うことで、bモバイル・アワーズ(b-mobile hours)というものを買ってみた。


bモバイル・アワーズ(b-mobile hours)

利用時間 : 150時間(接続開始毎に3分消費、その後は1分単位)最大利用期間600日
通信ネットワーク : ウィルコム社PHSマルチリンク方式パケット通信ネットワーク、無線LANスポット「bスポット」

 基本的にはPHSの通信カードなのだけど、600日間有効のプリペイドタイプで150時間使えるというもの。カードを含めて3万円弱なので、1分間の通信に対して3円くらいの費用負担ということになる。32kbpsの基地局を4つ同時に利用することで下り最大128kbpsの通信速度を得るという方式だが、実際にはそんなに速度はでない。とはいっても、半分の速度が出ているとしたら、電話回線を使ったナローバンド通信より便利といえる。

 ちなみにあたしが最初にブロードバンドを始めた時は、YahooBBのサービス開始前に予約を入れて、サービス開始と同時に利用開始という感じでした。電話局から自宅までが4km近くあり、接続が切れるということがなかったのですが、通信速度は60kbpsという常時接続だけがありがたいと云うものでした。それから自宅を別の賃貸に引越しして、回線会社も変えてやっと1Mbpsになったのですが、まぁ、このくらいの早さがあれば特に問題はないと思っています。

 bモバイル・アワーズは自宅や職場で通信環境が整っていて、なおかつ、ノートPCを持ち歩いている(あたしは私物のPCを職場でも使っているから、結果的にPCを持ち歩いている)ような人にはお薦め。初期投資が高いけども、持っていて何らかの安心感を得られるアイテムだと思います。

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2005.08.18

名簿(BlogPet)

翌年、広い中華空港を墜落しなかった
帰ってからTVにはやはり何ともいえない気分になった
O-Maruは、淡路でなかったためか、多くの人が亡くなられた
単なる数字ではなく、その個々の名前によってひとりの阪神・
淡路大震災
先のJR福知山線の事故では名簿の読みあげがなかったの?
O-Maruは、広い中華空港を墜落しなかったみたいですよ
なんて具合に、そこのお母さんから教えられた名簿というというと平成6年4月26日の名古屋空港での中華空港と、中華空港機墜落、そしてその翌年の1月の人間という認識が行われているようだ


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「フタキンSkywalker」が書きました。

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Movie Baton

 見たり聞いたり悩んだりの中年ゲーマーさんから引き継いだMovie Batonです。
 自宅以外の、資料やネット接続のままならないところで宙で書いていますので、嘘も多々あろうかと思いますが勘弁してください。

◆1年に映画を何本見ますか?

 映画館で1本(鑑賞料があまりにも高すぎます。映画館で観るよりDVDを買ってみた方が割安に感じるのはどう考えても間違っています)。セルDVDで30本。CATV等TV放送で200本くらい。

◆初めて見た映画?

 映画館でみたのは小学2年生くらいの時。タイトルは覚えていないけども、高知から子供ひとりで、万博を作っているか何かで大阪で働いている父親に会いに行くという内容の典型的な文部省推薦映画。親に連れて行ってもらった唯一の映画で、休日の夜、立ち見をしたような記憶がある。

◆最近見た映画?

 昨日、息子とDVDで「ダイ・ハード」を観た。映画館で観たのは故那須博之の「デビルマン」。もちろん、悪評の実際を確認しにいった訳なのだが、悪評の程でもなかったが当然よい訳でもない。観ずにいて後悔するよりかはいいといやつ。

◆好きな監督、俳優

 監督:アンドレイ・タルコフスキー、ビクトル・エリセ(ちなみに2chのスレ主はあたしです)、スタンリー・キューブリック、デビッド・リンチ、勅使河原宏

 俳優:キューブリック「博士の異常な愛情」のピーター・セラーズ、クリストファー・ウォーケン、ジョン・ハート、オレーグ・ヤンコフスキー、岸田今日子

◆好きなジャンル

 ジャンルわけは意味がないと思ふ。好きなもの(作品)は好き、というだけ。

◆思い入れのあるベスト5

・タルコフスキー「鏡」
 あたしにとって、おそらくベスト1になる作品。この映画について地元就職雑誌の映画コラムに書いたのですが、読者さん(20歳の女性)が編集部に問い合わせし、会いに来てくれて、しばらく云々あると、まぁ、違った意味でも思い入れのある作品です。

・ルーカス「スター・ウォーズ」
 作品的にはもうなんの思い入れはないのですが、今は亡き友人を含めて悪友3人で子供だけで初めて行った映画でした。これから本格的な映画の日々が訪れることになります。

・キューブリック「博士の異常な愛情」
 いずれもがフォトジェックにもかかわらず、その内容によって絶えずスタイルを変えていたキューブリック。ロバート・ワイズ以上の職人監督ではなかったか。一見、粗く拙く見えるが、何のその、怪優セラーズの演技がそれによって引き立つ。これほど絶妙なバランスの上に成り立っている作品はおそらくない。

・チャップリン「キッド」
 言うまでもなくチャップリン無声時代の最高傑作。子役のジャッキー・クーガンも愛らしい。リアルタイムでヒトラーを批判するために作った「チャップリンの独裁者」も神業に近いが、親子愛の普遍さには敵わない。

・リンチ「イレイザー・ヘッド」
 映画に対しての開眼の元になった一本。この一本に出会うことによって、あたしは映画の本当の力を知ることになる。


◆憧れの映画ヒーロー(ヒロイン)

 特にないけど敢えて言うなら「ストリート・オブ・ファイヤー」のマイケル・パレ。敵(かたき)役のウィレム・デフォーもひたすらよかったが、さすがに負ける役には憧れられない(笑)


◆夢の企画、あるいはもう一度みたい映画

 これも敢えて言うならタルコフスキーの作品。「サクリファイス」が遺作なのはそれらし過ぎてイタすぎる。


◆たすきを渡す人

 @Nifty時代に映画談義チャットでお世話になったきつつき(NY)の雑記帳 - 映画から舞…のきつつきさんへ。もしかして、すでにまわってたかな?

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2005.08.17

ガードレールの金属片・続報

国土交通省「防護柵への付着金属片調査委員会」報告書より

1)道路構造と金属片付着の関係

 金属片の付着状況調査から道路構造と金属片付着数の関係を改めて整理すると、線形別付着割合は多い順に直線部(約64%、右カーブ(約21%)、左カーブ(約14%)であり、縦断勾配は0~士2%の平坦に近い箇所(約68%) に多かった。また、沿道状況別では平地(約50%)、山地(約26%)に多く見られ、DID(人口集中地区)を含む市街地は比較的少なかった。また、事故密度(死傷事故件数/道路延長)や事故率(死傷事故件数/死傷者数が高い区間に金属片が比較的多く付着していた。
 また道路構造と金属片付着の関係を、防護珊延長1kmあたりの付着個数(発生密度)で整理すると、縁石の無い場合は縁石の有る場合に比べて約2倍に、路肩幅員が0.5~0.75mの区間の発生密度が0.75m以上の区間の約3倍になっていた。また、縦断勾配が大きくなるほど、付着密度が低下する傾向かおり、直線部分はカーブよりも高いなど、いくつかの道路構造の違いによって発生密度にある程度の差は見られた。
 しかし、路肩幅員が狭い箇所の発生密度は比較的高いが、路肩幅員が広い 箇所でも付着金属片が少なからず発見されているなど、道路構造に焦点を当てた分折からは付着金属片の発生箇所を絞り込めるような傾向を見出すことは出来なかった。

 完全な原因の解明は出来ていないらしい。

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2005.08.16

机と椅子

 実家にいても自分の机と椅子がないから、自分の居るべき場所でないような気がしてしまう。

 このふたつがあれば、どんな環境でも居すわれそうな気がする。変なアイデンティティを持ったものだ。

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2005.08.15

家庭3

 あたしもさすがに参って動けなくなってしまった。お昼まで寝て、それから仕事に出ようと思ったけども、結局、一日休んでしまった。カミさんはこんな状態がずーっと続いているんだろうなと思う。

 とりあえず一週間という期限を切って、様子見ということで、カミさんと下の子を自宅に残して、あたしは夕刻から実家に移る。市内なので何かあればすぐに戻れる。カミさんの言い分を含めて今出来るのはこの事くらい。このことによって何らかの突破口が作ることができればよいのだけども。

 夜は久しぶりに上の子とPCでDVDの映画を見て過ごす。

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2005.08.14

家庭2

 愚痴をこぼすのはあたしの趣味ではないけども...

 お昼、子供がお腹が空いたというのにカミさんが何もできないというので、台所に立つ。排水口のフィルターが詰まっているというので、素手で洗っていると「なに馬鹿なことをしているの」と言われる。「手で洗ってどこが悪い」と返すと「10年間、あたしはそんな風に文句ばかり言われて、楽しいことなんて一度もなかった」と言われた。

 最近は毎晩(毎朝?)のように3時か4時に起され、どうのこうのという話をしてくる。眠られないのは判るけども、こちらも数時間後には出勤である。今朝も朝の6時に起され、そして「やはり別れるしかない」と言われる。

 こちらも、精神が弱っていろいろ言ってくるんだとは思うのだけど、なにを言って聞き入れようとしないし、あたしも人間、言い合いになってしまう。ほんとに埒が明かないと判ってはいるんだけどね。

 すでに2週間近く洗濯物が溜まっていて(子供のものはしっかり洗ってていて、あたしのものだけ放置)、週明けから着ていく服がないので洗う。晩飯も作る気配がないので、3人分作ったが、カミさんのために作ったものは食ってもらえなかった。

 いやぁ、これはもう、週明けくらいには上の子が居る実家にあたしも身を寄せた方がいいかもしれない。ただただ気になるのは下の子。今ですらまともに食事を作ってもらえていないのに、放置して良いものだろうかと思う。本人は頑張るといっていて、先週末に「3度の食事を作ってみせろ」といったのが1日も持たなかった訳だし。入院だとかあたしの実家に身を寄せるのは絶対に嫌だという。

 仕事の問題よりか家庭の問題の方が遥かに難しい。

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2005.08.13

名簿

 JAL123便の事故から20年。あの事故を知ったのは家庭教師先で、9時に教授を終えて帰ろうとしたところに「センセ、飛行機が落ちたみたいですよ」なんて具合に、そこのお母さんから教えられた。帰ってからTVにかじりつくことになるが、延々読み上げられる乗客一覧にはやはり何ともいえない気分になった。

 その後の読み上げられた名簿というと平成6年4月26日の名古屋空港での中華空港機墜落、そしてその翌年の1月の阪神・淡路大震災。先のJR福知山線の事故では名簿の読みあげがなかったためか、多くの人が亡くなられた割には悲壮感はあんまり感じられなかった。単なる数字ではなく、その個々の名前によってひとりの人間という認識が行われているようだ。

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2005.08.12

家庭

 カミさんの鬱病が一段とひどくなって、ほとんど寝た切りになっている。深夜帯に起き出して何かしているようだ。そしてビール瓶とか知らぬ間に毎日台所に増えてきている。

 上の子はそういう状況に嫌気が差したのか、先月末にうちの実家に遊びに行くとそのまま居付いてしまった。もう二週間も帰ってこない。仕事から帰ると下の子が「お腹空いた。ご飯食べたい」とかというので、台所を片づけ、適当に作って二人で食べている。

 まぁ、カミさんの鬱は半分はあたしのせいなんだろうけど、やはりつらい。鬱病で家庭が崩壊するというのはよく判る。上の子はしばらく実家において、転校させてそこから学校に通わせた方がいいかもしれない。なんだか本人も反対しないような気もする。

 実家に顔を出すとパンツ姿らしかった息子がズボンを穿かないと会わないとかといっている。そして話をするのとか妙に恥ずかしがる。自宅に居る時はフルチンで寝転がってたのに...

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2005.08.11

自殺サイト(BlogPet)

O-Maruが多々あるんじゃないか
そうして、間違いなく「死にたい者は死ね」
こういう物言いはあんまりだと思う
こういう物言いはあんまりだと思うけど
そういった可能性を絶った
死にたいと思ったはずだ
だって♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「フタキンSkywalker」が書きました。

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山を切り崩す

 うちの部署がやっている工事現場を見にいった。技師でなく事務方なので現場をみるということは普段ない。

 山に道路を通すという工事。山間部の道路を当然のように通るけど、道路を通すため山を切り崩している工事現場をすぐ目近にみることはほとんどない。山が乱暴に削られ、削られてすでにしばらく経っているところはすでにコンクリート壁で固められている。少し向うは普通の山林。その間際でパワーショベルが動き回っている。

 なんか気分が悪くなってしまった。作るというのではなく壊しているという言葉の方が似合う光景。こんな不快感を覚えるとは思わなかった。そんな地道でありがたい作業でつくられた道を日々使わせて貰っているんだろうけど、なんていうことをしてきたんだという気分にもなった。同じことを感じたのは、街中の道路の工事で100mくらいアスファルトが剥がされ、土が剥き出しになったのをみた時。今、広がっている街はこんな土の上にものを延々と覆いかぶせて成り立っているのだ。それを考えると目眩いがする。今日の現場は自分にとっては見るべきでなかった光景かもしれない。

 現場を離れようとした時、現場からすぐ出たところで男の人が倒れ、黒いユニフォームの二人が手当をしていた。とてつもなく暑かったので作業員が熱射病で倒れたのかと思っていたが、後で聞いた話ではどうやら自殺未遂だったらしい。道も通り切っていない山奥だけど、すぐ向うでは20人くらいが作業している。これも変な気分。

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2005.08.10

コカ・コーラ ヨーヨー手にする

 ヤフオクで落札したコカ・コーラ ヨーヨーの復刻9個セットが到着した。

 20年振りに手にするスーパーヨーヨー。30年前のブームの時に買ったのだけど、それから10年くらいはずーっと抽出しのどこかにあった。下手でトリックとかできなかったけど、そこそこの愛着はあったようだ。

 皆がいっているようにやはり小さく感じる。丁度、今の長男と同じ年頃の時に手にしたのだ。ヨーヨーを手にすると手にいっぱいになっていた。重みももう少しあったような気がするのだけど、実際はどうなんだろう。

 ヨーヨーを投げみるけどもやはり難しい。ビギナーの白は意匠が良いので職場の机の上で癒しで利用。

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2005.08.09

解散

 完全に国民置き去りの国会。もうあたしはわけわからめです。おそろしく低い投票率であろう投票のためにどのくらいの費用がかかるんでしょ。また日本の未来が一層不透明になってしまった。

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コーラ・ヨーヨー落札!

 先日、復刻されてセブン・イレブンのみでの販売というコカ・コーラのラッセル・ヨーヨーは現地では入手不可能だということで、結局、ヤフオクに頼った。

 過去に発売済みの8種にシークレットを加えて計9種での発売。ひとつ、おそらく、コカ・コーラ柄のスーパー・ヨーヨーになるだろうけど、手にしてしまうと懐かしの白いビギナーも欲しくなるだろう。そうなると外のものも見てみたいとか欲しくなってもおかしくないから、結局、9種すべてのまとめた出品を落札してしまった。シークレットというのはバタフライと言われるヤツで、トリックがやりやすいようにヨーヨーのふたつの円盤が大きく開いてつくられているものらしい。そういうものが存在していることすら知らなかった。

 ヨーヨーが到着したら、30年前にマスタできなかったあたしの代わりに、息子を特訓、である(笑)

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2005.08.08

自殺サイト

 「自殺されるか殺されるか...」にコメントを下さったmineさんへの返事。本来はコメントとして返すべきなんだろうけど、重要な話だと思い記事にしました。

 自殺サイトだけど、ここに集って死んでしまう連中って本当に死ぬ気なのかどうかというと、意外とそうでもないんじゃないかと思う。実は「赤信号皆で渡れば怖くない」といった心情でちょっとしたノリで逝っちゃう者がほとんどなのではないだろうか。

 一人で死ぬ人間も果たして本当に死にたいと思って死んでいるのか、それも疑問。鬱病を患っていた友人は数ヶ月間休職して精神科に入院していたのは知っていた。その入院の理由というのは「自殺してしまうかもしれないから、入院させてくれ」ということで、自らが望んで周りに無理を言ってのものらしかった。多少落ち落ち着いたので退院し、それからしばらくしてから命を絶った。

 死にたい者は死ね。こういう物言いはあんまりだと思う。誰しも何かしらの幸せを望んでいる。生きていればほんの僅かな可能性かもしれないけど、それを得られるかもしれない。そういった可能性をすべて断ち切るというのは、常識的に考えると普通でない。一人で考えに考え、そして孤独に死んで行く人の心の閉ざされ方はたぶん想像を絶していると思う。

 他人に判断を委ねて最終的に自分自身で判断を下すことを止めるのは楽。でも、その結果、自分が望まない方向に進んでしまうことが多々あるのも確か。自殺サイトが危険視されるのはこういった傾向が助長され、本来なら死なないで済んだのに死んでしまう可能性がとてつもなく高いから。

 ひとりで逝く時は殺伐とした風景が目に浮かぶけど、集団自殺の時はどうなんだろう。物静かかもしれないけど「じゃ、今から煉炭に火を入れますよ」なんて感じで、ちょっとした和気藹々さもあるんじゃないか。まぁ、映画『生きない』みたいなことはないと思うけど。そういった穏やかな感じで逝こうと思っているところに、快楽殺人犯に口を塞がれ、窒息死させられたのでは堪らないものがあったんじゃないだろうか。そうして、間違いなく「死にたくない」と思ったはずだ。

 自殺幇助も犯罪と見なされているし、そういう意味でもこの事件が被害者にとってやむを得ないといってしまうのは論外だろうと思う。ただ安楽死に関しては判断が難しい。尊厳死の問題と深く関わってくるからだ。

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2005.08.07

テレビ朝日『ザ・スクープ スペシャル 終戦60年特別企画 検証!核兵器の真実 ~それは人体実験だった~』

 『ザ・スクープ スペシャル 終戦60年特別企画 検証!核兵器の真実 ~それは人体実験だった~』は1時間半の番組だったが、先日のTBSの3時間番組『ヒロシマ』より遥かに内容の重いものだった。

 原水爆実験においてマーシャル諸島の島民の扱い、そして、自国の兵士アトミック・ソルジャーについては少なからず知っていたが、自国の一般市民を対象にしたグリーン・ランという実験については初めて知った。グリーンラン実験については中國新聞のサイトでも紹介されているが、対ソの原水爆開発競争にあたって放射能の生体的影響を知るために、実際に煙突を設置し放射性物質を大量放出したもの。当然、住民には秘密裏であり、事実が発覚した後も、いまだに正式な対策はとられていないようである。

 もっとも権力を持つものというと、それは国家である。国家の狂気は手に負えない。ナガサキ以降の被爆者に関しても、間違いなく戦争の被害者と言えよう。国家の戦争に向かう意志というのはどこからくるのだろうか。中には明らかに戦争を回避させたリーダーもいたが、多くはそのまま戦争を選択している。その中には個人的な利益も見え隠れする。

 あたしが思うに力はまわりの人間を手助けするためにあるはずなのだが、実際はそうではないらしい。力によってまわりを不幸にすることで、自らも幸福になれるのだろうか。

 それにしても鳥越さんの仕事は相変らず良い。

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自殺されるか殺されるか...

 絞殺魔(厳密には窒息殺人愛好者?)が自殺サイトでの出合いを利用し、男女数名を性的興奮を得るために殺害するという事件が起った。快楽殺人とか日本にもサイコ殺人犯がいて、実際に連続殺人を犯したということに対しては特にコメントはない。特段特殊性はないからだ。ただ過去において同じような犯行で傷害事件として逮捕歴があることから、こういった精神的異常(嗜好)を伴った犯罪者に対する対応は更生でなく治療ということで、否応なく新たな対策を講じることになるだろう。

 考えたのは殺された身内のこと。身内に自殺されるというのはかなり酷いという。自殺したのは自分が悪かったのか、とか、何かしてやれることはなかったのかととにかく苛まれるらしい。確かに鬱病で自殺した友人について、いまだに引っかかりはとれないし、家族ならなお一層のものがあるのは判る。

 今回の事件では少なくとも一人は自殺仲間として会ったところで殺されたわけであり、殺されていなければ、おそらく自殺していたはずである。その自殺が一転して、殺人の被害者となってしまった。自殺であれば、そのまま自分に降り懸かってくる自責の念が果たして加害者に対する憎悪で軽減されるのか、それとも加害者に対する憎悪がそのまま自殺に対する自責の念に乗ぜられてしまうのか。

 被害者はもとより身内のことを考えると何ともいえない不愉快な事件である。

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今や懐かしいもの・夏編

 最近、日本タオル、いわゆる手拭いで気に入ったのが欲しくなってサイトを物色している。昔はそこそこ使っていたように思う。今、手拭いを見かけると云うと、職場で湯飲みに埃がかからないようにかぶせてあるものくらいだろうか。雑誌のSTUDIO VOICEにトーハト(お菓子会社のね)の宣伝媒体の付録として手拭いがつけられていたんだけど、これが何とはなく使い心地がよかったりする。普通のタオルのように嵩張らないし。どういう理由で使わなくなったんだろうと思う。

 35年くらい前というと夏は蝿取りリボンだった。リボンに粘着剤が塗ってあり、それを天井から吊るして蝿を取る。食卓台のうえでは、蝿が何匹かかかった薄茶色のリボンがいつもぶらぶらしていた。そして被せて蝿から食事の食べ置きを避けるための折り畳み式の網。今では蝿が一匹でもいると不衛生というような感覚を持つけども、あの頃はいるのが当然で、そのうえでの対策だった。 

 蚊帳。これも30年くらい前まではごく普通に使っていた。当時は弟と二段ベッドを使っていて、上に寝ていたのだけど、蚊帳を吊っていてなんだか妙に狭苦しい感じがあった。毎日、寝る時間になると母親を呼んで吊ってもらっていた。

 当時、窓はアルミサッシュでなく木製だったので、激しい雨が降ると決まって下の枠から雨が漏っていた。雨戸もあったけど、これを使うのは台風のときくらい。雨戸を閉めたと云う覚えは数度しかない。隣の家は年がら年中、夜になると必ず防犯のために雨戸を下ろしていた。(が、うちには入らなかったけど、しっかり空き巣に入られていたこともあったようだ。) 大雨になるといつもタオルを窓枠の下に置いて回っていた。窓をアルミサッシュにした時、雨戸は完全に取り払ってしまったようだ。

 不便といえば不便な生活。でも優雅さを感じるんだよねぇ。便利・合理的だけがいいとは思えない。それがどうしてかと言われると非常に困るんだけど、敢えて言うなら、力でなく素朴な工夫でしのいでいるというのがその理由かしらん。

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2005.08.06

口が立つ

 「口が立つ」と言われて嬉しくなるかどうかというと、あんまり嬉しくないだろうと思う。

 「口が立つ」というのはあくまでも言葉先だけの話であって、なんか言いくるめられてしまったんだけど、完全には納得できていない状態の時に使う。本当に説得されたのなら「口が立つ」というような言い方は絶対にしないはずだ。

 「口が立つ」人間には絶対になりたくない。

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遥洋子

 11PMが放送終了してしばらく見かけなかった遥洋子だけども、最近になって作家という肩書きで朝ナマとかに出演している。

 この人のしゃべり方が悪いのかなぁ、言っていることに全く重みが感じられない。リアリティのある喋りではないのだ。なんだかミスター・ビーンのように空から降ってきたひとが、喋っているように感じる。実際に語っていることに内容がないのかもしれない。

 役者じゃないからそこまで意識できないけど、想像以上に喋り方ひとつでも損してたり得してたりしているんじゃないかと思う。

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2005.08.05

TBS『戦後60年特別企画”ヒロシマ”』

 TBSの『戦後60年特別企画”ヒロシマ”』を見た。ところどころをかいつまんだような稀薄気味な構成だった。特別企画ということで、あれもこれもという結果かもしれない。ドキュメンタリに関しては、どうしてもNHKがうえをいくようだ。

 原爆を落した側の人間が頑に謝罪を拒否していた。戦争はお互い様であり、どちらが悪いということではないという理論。被爆者に「謝れ」と言われた彼は「そちらも謝れ」と言っていた。広島原爆資料館を初めて訪れたという彼。ショックは少なからず大きかったはずだ。自分たちのしたことの大きさをようやく知り、それ故に非を認めることを拒否したというところもあったろうと思う。

 明日の投下時刻の黙祷依頼が職場の庁内放送であったが、年配の職員もその時刻を正確に知らなかった。一般の認知度はそんなもんなんだとちょっと驚いた。

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喫煙中断-今の状況2

 開始日時 2004年 10月 5日 15時 0分
 経過時間 10月 4時間 23分経過
 吸わなかった煙草 425箱 19本
 浮いた煙草代 115006円
 (原価 49284円 たばこ税+消費税 65722円)
 延びた寿命 17日 17時間 57分

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2005.08.04

DVDソフトの保管

 4年くらい前まではビデオテープの保管に困っていた。衛星放送の映画放映やHNKのドキュメンタリをS-VHSの3倍モードで録画保存していたのだけど、テープが200本くらいになると賃貸生活では邪魔になってくる。やがてDVDが普及し、映画などはこちらの方が画質の劣化もないということでテープによる録画はしなくなったのだけど、DVDのプラケースは3倍録画のビデオテープよりもスペースを取る結果になってしまった。

 よく見るDVDに関しては2穴の2枚収納の不織布保護ケースを使っていた。バインダーはダイソーで買ってきたものを使い、本体に関してはこの方法での収納で問題はない。とにかく厄介なのはケースだった。

 CDのソフトケースを出していたところがDVDソフトケース(トールケース用)というのを発売しはじめた。こういった商品の発売は時間の問題だと思っていたが、正直言って高い。おそらくこの半値の価格でも高いと思う。ひとセット40円くらいならどうにか導入を考えるといったところか。(しかし、ここのCDアナログスタイルはコスト的にも申し分なく、導入を考えている。)

 ということで、ダイソーでA4のクリアホルダ(11枚入り)とそれを収納するためのジッパーファイルというケースを買ってきて、ケース表紙と同梱物を保存することにした。クリアホルダの裏表で2作品。ひとつのケースに30枚のクリアホルダ、つまりDVD60枚分が400円ちょっとで保存できそうだ。残るのはプラケースで、これは適当に処分しようと思っている。ヤフオクで1円スタートで一箱単位(30枚くらい)で出してもいいんだけど、送料だけでも馬鹿にならないんで入札者はいないだろうなぁとかとも思う。

 空間の確保もなかなか難しいものである。

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弓曳童子(ゆみひきどうじ)(BlogPet)

以降はネットで人間などを構築すればよかった?
いつ、ネットで人間などを構築されていた
この週末は学研の弓曳童子を作ってみたりしていた
詳細はここで説明されているのだけど、それ以降の知恵には感銘を覚えてしまう
複雑な調整は出来てなくって、7枚のカム板の動きによって糸がどうしてもうまく行かず、落してしまうのだけど、目に見えない
週末は、知恵とかを説明しなかった
とか思ってるの。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「フタキンSkywalker」が書きました。

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2005.08.03

広島原爆戦災誌 第四巻
-第二編 各説 第三第四第五章 学校・宗教団体・関連市町村の状況-

 900ページを読了したのは先週。この巻の内容はあまりにも重い。第三章の「広島市内各学校の被爆状況」は数千人の子供たちの死の記録でもあるからだ。

 戦争真っ只中の当時は学校といっても半分程度しか授業にはなっていなかった。メインとなっていたのは学業よりも学徒動員であり、工場での労働であったり、家屋疎開の作業だった。

 家屋疎開というのは、軍の施設や工場、自治体施設等の重要施設の空襲による延焼を避けるため、まわりの一般家屋を取り壊すという作業である。山林火災で延焼を防ぐため、周辺山林を伐採するのと同じ原理であり、強制立ち退きと同時にその作業も市民に強いられていた。市民の生活はすでに異常な状況にあるといってもいい。会社勤務においても職域義勇隊への参加が強制的であったりしたようだ。

 当然、家屋疎開が必要なのは市の中心部であることが多く、原爆の威力にもろに晒される屋外作業の家屋疎開に関わっていた生徒の多くが死にいたる。学校をあげて200人であるとか300人とかで参加をしていて、全滅したところもある。また市の周辺の学校でありながら、中心部で作業割当となっていたため、犠牲者となったケースもある。

 市の中心部の国民学校では3年生以上については田舎の親類のところに身を寄せる縁故疎開か、それが不可能な場合は学校単位の集団疎開が行われていた。これによって死を免れることも多かったが、家族が全員被爆死したりした者も多かった。大変だったのは引率の訓導(旧制小学校の教員のこと)。翌日、市内を同僚の安否確認に行き、散々彷ったあげく、2次被爆したものも少なくはない。体調を壊しながらも、今度は児童の身内への引渡し。市内は焼け野原で、その中を身内を探す。中には他県の親類のところまで送り届けた訓導もいる。また、どうしても引き取り手のいない児童については、疎開先の寺でそのままお世話になるものもいた。児童の引渡しには年末まで数ヶ月かかったところもあったようだ。

 被爆により学校の多くが破壊されたが、正常に授業を行うに至るまでの道のりも険しかったようだ。父兄の援助を受け、設備を整えようとしていた聾学校では暴徒の集団によりピアノを除いたすべての物品が強奪されたこともあったという。深夜にトラックで乗り付け、見張り役もいたという極めて悪質な集団であったらしい。建設資材の盗難はどこでもあったようで、市民の精神的な荒廃がかなり進んでいたようだ。

 余所の国に兵隊をやって、ドンパチやって、兵隊が何人死んだかという戦争はおそらく甘いものである。戦争の本当の醜さというのは子供たちの日常的な生活を不穏にし、そうして死に追いやる危険を作ることである。これは過去の話か? 現在進行形の話でもある。

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2005.08.02

恨むということ

 怒るのはいい。でも何かを恨んで「○○の所為[せい]で」と思うのは、絶対に止めた方がいい。何事かに束縛されることに他ならないからだ。恨むということは心を閉ざしてしまうこと。自分を生かすためにも絶対にやってはならない。

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2005.08.01

心霊美少女 降臨

 心霊美少女 降臨はちょっと感慨深いものがあった。Yahoo!動画で無料で見られるものだけど、もともとの売りがFカップのグラビアアイドルというあいざわみりという人なのだけども、霊感もあり、このビデオでは心霊スポットを訪れる。小学生の頃、一時期好きだった女の子に似ていたりもして、実はそちらの方でも何とも言えないものがある。

 見えたり感じたりするというのが本当にごく普通のことだという感じで、余程でない限りは動じない。いかにも怖いところに来ているという素振りの稲川とは全く反対で、更にいうと、確信犯的にそういう場所に赴かせられているという状況が際立ち、ちょっとした不快感を感じる。本人も仕事と割り切って、霊を引き連れてこようがロケを敢行しているのだけど、痛々しさを感じる。

 見え方が実に鮮明なのだろう、説明も随分と明確・リアルで、霊となって彷っている者の感じ方が明確な輪廓を持っている。いわゆる怪奇譚の領域は完全に超えていて、ビデオを見ているものとしては、もう一つの世界が広がっていることをどうしても認めざるを得なくなってしまう。怖いとか、そういう問題ではなくなってしまっている。

 信じる信じないというのは別として、ハナから怪奇現象を否定する人はこういうのを見てどう思うんだろう。彼女が妄想を見ていると云うのだろうか。

 本当に世界観が変ってしまいそうなビデオです。見られる人は是非見てみてください。

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