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2005.07.08

とある映画ファンのバイブル2/
A・タルコフスキー『映像のポエジア』(88)

 週末に放送されていた怪獣映画にはまったあたしは、SF映画やらB級ホラー映画が専門となった。まぁ、TVでやる映画というのはこういうのばかりだから、致し方ない。ヒッチコックのサスペンス映画も当然好きだった。

 高校時代にデビッド・リンチの『イレイザーヘッド』(77)を何も知らずに見てぶっ飛ぶ。映像の力を思い知ったのである。ヒッチコックの畳み掛けてくるようなモンタージュは確かにハラハラドキドキさせてくれるが、リンチのイメージの世界はそれ以上に直接的であり刺激的だった。こう単純に言っていいのかどうか判らないが、邪悪なものがリンチなら、その反対にあるのがビクトル・エリセであった。人の心を微妙に映像に晒しだす作家だった。『ミツバチのささやき』(72)は最も優れた映画の一本である。その後、アンドレイ・タルコフスキーに出合う。

 タルコフスキーの作品で一番最初に観たのは『ノスタルジア』(83)だった。すでにタルコフスキーがなくなってから数年が経っていた。その主人公と完全に同化してしまう映像表現は映像をすでに超えていた。


映像のポエジア―刻印された時間

アンドレイ・タルコフスキー (著)
鴻 英良 (翻訳)
単行本: 358 p ; サイズ(cm): 22
出版社: キネマ旬報社 ; ISBN: 4873760305
(1988/01)


 タルコフスキーの映画論の集大成。20年間書き溜めていたものを本人がまとめていたようだ。映画とは何か。作品をつくるということはどういう事か。ということが主に語られるが、テーマは別のところへと段々とずれていく。このひとの作品を観れば判るのだが、このひとは宗教的である。宗教的と云っても人格神に対する信仰でなく、神秘主義的の立場に立ったものである。

 この本の凄さは表現できない。映画に関する本と云うだけでなく、人生、生きていくということに関しての本でもあるのだ。

 タルコフスキーの映画に出会うことができるか否か。出会っても、それをなにか重要なものを持ったものと思えるか否か。選択は厳しい。

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