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2005.07.21

ネットを始めて10年

 @niftyから「本日で10周年だよん」というメールが届いた。95年7月21日に入会したらしい。

 Nifty-Serveでパソコン通信を始めた頃はまだPCを持っていなかった。何を使って通信していたのかというと2代目くらいのZAURUSにモデムを付けてやっていた。デフォでは自動巡回できないので、課金節約のためにスプリクトを書いてログを落していた。RT(リアルタイム会議室)でのチャットはZAURUSの手書き認識による手書きチャット。電子手帳フォーラム(だったっけかな? FENOTE)というところで常駐していたので、ZAURUSでのスローチャットは黙認されていた。さらにあるメンバーが電話線が短かったため、立ったままで手書きチャットをしなければならなかったということがあったらしく、更には「立ちチャット」なるものが奨励されていた。

 ちなみに初のオフ会は通信を始めて2ヶ月半後のことだった。オフ会というより、会議室をROMしていたまったくやりとりのない人に「そっちに行くから会おう」という有無を言わさぬメールを貰って、やむを得ずというものだった。その後も彼から忘年会とか誘われたがもちろん顔を出していない。

 ZAURUSではログの一時保存しかできず、レスを書くのにもいい加減時間がかかったのでPCの購入に踏み切る。確か10月1日が記念すべきその日のはずである。30歳になって半年目のこと。PCが嫌いなので避けていたのではない。その正反対である。実際、コンピュータに触ったことがないのにSEを志望して、ソフト会社へ就職活動をしていた。触ると逃れなくなるのを知っていたから触らないでいた。パソコン専用機はすでに10年というキャリアがあり、NECの文豪7シリーズを使っていたので、PC-VANに加入していてもおかしくなかったのだけど、何故かNifty-Serveと同時の加入で、実際にはほとんどアクセスせずに終ってしまった。

 PCを買ってからは課金節約のための工夫の日々がまずあった。深夜3時に料金形態が安くなるので、オーディオタイマーでPCを起動させるようにし、それから自動巡回するようにした。そういう工夫をしたおかげで課金が4000円を超えたことはほとんどなかった。

 それから1年後にインターネットベンチャーだったベッコアメをプロバイダにしてインターネットを始めた。96年10月10日のことらしい。インターネットをしようと思いついて、雑誌『インターネット』を買ってきてすぐにベッコアメにオンラインサインアップをした。思いついて数時間後にはネットサーフをしていたことになる。プロバイダとの付き合いで一番大切なのはクレジットカードを持っていることだ。クレジットカード会社というのは基本的に借金をさせて、その利子で利益を得ている。基本的に借金は嫌いなのでカードを作る気はなかったのだけど、Nifty-Serveに加入する段階で必要となり、初めて作った。今では借金せずにカードを使い、しかも5、6枚を使い分けてそれなりのプラスαも得ている。ものは使いようだと思う。

 2400のモデムからADSL。もう少しの負担を許せば光。特に懐かしむつもりはないが、この10年間に通信環境は随分変ったものである。そうして、こういう環境に恩恵を受けている自分はどのくらい変ったのだろうか。

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