« Musical Baton | トップページ | 見える者には見える »

2005.06.19

新耳袋 第十夜

 金曜日、もう店頭に並んでいる頃ではないかと思い、珍しく書店に行き、購入。この週末で読了した。


新耳袋―現代百物語〈第10夜)

木原 浩勝 (著), 中山 市朗 (著)
出版社: メディアファクトリー ; ISBN: 4840112819
(2005/06/17)


 特に目立って怖いという話はなかったが、前回と比べるとそれなりに不気味な話が多かった。不気味というのは、謂[いわ]れの判らない話である。理由は判らないけど、不合理なものがそこに間違いなく存在している。原因が判る、因縁のある怖さというのは、怖さと云う意味では半減するものである。

 人の経験する怪奇体験のほとんどは突然、体験し、謂れの判らないまま、記憶の彼方でゆらゆらしているものではないかと思う。

 あたしもそういった経験がある。もう3年ほど前の10月の半ばのことだった。この時期になると仕事が終って、少しでもゆっくりしていると帰る頃にはライトを付けないといけないようになる。いわゆる黄昏の語源の「誰ぞ彼」の状態になっている。

 帰宅途中、知らぬ路地裏に入り込み、見たこともない町並みの新鮮さを楽しむという道草が好きだった。その日もそうやって、目についたわき道から適当な入って路地裏を走っていた。田んぼのまだ幾らか残っている郊外で、農作業着姿のばあさんが、道を横切ろうとしたのでバイクを止めた。かなり暗がりが押し迫り、ばあさんの顔をはっきりと見ることはできなかったが、顔は真っ赤であり、しかも、舌のようなものが顎の下、首が見えなくなる位まで伸びていた。何を見たのか鮮明ではなかったが、見てはならないものを見てしまったような気がした。

 目撃談として、真っ赤な人、そして、緑色の人というのはメジャーな類に入るようだ。

 今回の巻の最後は著者の経験談となっている。しかし、その最後というのは、4巻で同じく語られる著者の体験談に続く話であり、ループするような作りになっている。このあたり、ずーっと愛読している人にはたまらない作りになっているだろう。

 この最終巻で発見したことがある。各巻、表紙の色が違ってて、最終巻は白をベースとした装丁になっている。白であるから判ったことなのだけど、表紙の裏にお札が印刷されていたのだ。表紙の裏に何かが印刷されていても、見返しの紙の色が濃いと見えない。今回のものは白だったため、透けて、表紙の裏をみることができた。試しにこれまでの巻を確認するとやはりお札が印刷されていた。7年間、この芸にずーっと気がつかずにいたのだった。 

|

« Musical Baton | トップページ | 見える者には見える »

文化・芸術」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

はじめまして!

 本当だ~~!!Σ( ̄ロ ̄lll)
 こちらで指摘されるまで全然気づきませんでしたよ!
 これが百物語の怪異から人知れず守ってくれていたのですね…。
 最終巻で気づけてよかったです。感謝感謝。
 

投稿: ちーず | 2005.06.24 11:18

 そういうあたしもこれまで気がつきませんでしたから。こういった準備をするのは霊障の被害者が続出したりして売り上げが落ちたりしないようにするためですかね~
 でもこういう小技はなんだか嬉しくなっちゃいますよね。

投稿: O-Maru | 2005.06.25 02:26

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/90327/4624745

この記事へのトラックバック一覧です: 新耳袋 第十夜:

» 今週の読書 [なにも起こらなかった一日の終わりに]
 今週はけっこう読みましたよ〜 ・異界の扉  小池壮彦著  地味ながらもけっこう評価している怪談収集家の最新刊です。  この人は否定派?というスタンスだと思うのですが、単に話を収集するだけでなく自分で現地に行って体験したりしたりもしていて、数は少ないながらも最近の怪談本のなかでは粒揃い。  彼の著書はどれもなかなか面白いですよ〜。 異界の扉小池 壮彦学習研究社 2004-09-15... [続きを読む]

受信: 2005.06.24 11:14

« Musical Baton | トップページ | 見える者には見える »