滝田ゆう『寺島町奇譚(全)』
優れた作品をふたつに分けるとすれば、「評価すべき作品」と「愛すべき作品」のいずれかになると思う。滝田ゆうの『寺島町奇譚(全)』は後者の典型的な作品である。
![]() | 寺島町奇譚(全) 滝田ゆう(著) |
この本のことを思い出したのは、中年ゲーマーさんのやましい山師の『もう死語だろうが、子どもの頃に「銀流し」というのがあった。水銀にとのこをまぜ、さびたくぎなどを一瞬でぴかぴかにする。しかし水銀のメッキは一日で消え、もとのさびたくぎにもどる。』というくだりを読んでだった。『寺島町奇譚』の第2話というのがまさしく「ぎんながし」というタイトルで、すでに10数年前に読んでいたものの、その言葉の響きが印象に残っていたのだ。
戦時中の東京の色街。小学生のキヨシは猥雑な大人に揉まれながらも、それなりにつまんないのかおもしろいのかよく判んない子供としての生活を送っている。味のあるとぼけたような絵で、庶民的な生活が付くでもなく突き放すでもなく描かれる。
両親は着流しのやさおとこをぎんながしのセンセイと呼んでいた。キヨシが祖母に「ぎんなな(ママ)しってなんのこと?」と尋ねると「お金もないくせにゾロッとしたなりしていいまのふりをしている人のことだよ」と答える。この時、中年ゲーマーさんの説明する「銀流し」のことをまったく知らなかったから、言葉と内容の一致のしなさに忘れることができなかったのだけど、ようやくその真の意味を理解することが出来た。ただ、「いいまのふり」("ま"に強調点あり)は今だに判んないでいる。大人の世界は深い。
この『寺島町奇譚』は東京大空襲で色街が焼き払われて終る。家族は全員助かったのだが、猫のタマだけが見つからない。タマ宛の移転先の立て札を用意して、キヨシは疎開先に向かう。悲しいのか悲しくないのか飄々とした感じであるが、玉ノ井・吉原の終焉はひとつの時代が終ったことの間違いない象徴でもあった。
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コメント
私は「ガロ」を創刊から読んでいるので『寺島町奇譚』はリアルタイムで読んでいる。「ガロ」にも増刊があったと思うし、単行本も2種類は持っていると思うが、どっかの倉庫に入っていて手元にない。「ぎんながし」は読んだような読まないような、遠い記憶である。少なくとも38年ぐらいは前のはずである。
投稿: 中年ゲーマー | 2005.06.06 23:35
リアルタイムで読まれていたんですね。ガロでの連載は、S43.12-S45.1、別冊小説新潮でS47に4号分となっているようです。今の時代ではこんなにも活き活きとあの時代のことを描くことはもう不可能ですね。
ちなみにこの文庫本の後書きは最後の文壇人の吉行淳之介が書いてて、これも泣けるんですわ。
投稿: O-Maru | 2005.06.07 01:19