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2005.06.16

非資本主義

 隣県の徳島県では渇水が深刻になりつつあるらしい。当地も同じく梅雨入りしたにもかかわらず、降雨が少なく、渇水に対する注意が必要となりつつある。

 水道や下水道事業は降雨に非常に影響されやすい。降雨がなく、使用量が減ったとしても維持管理費が極端に減るということはなく、使用量が減れば減るほど単価を上げなければ運営できないことになる。基本は重量制なのだけども、絶対量が落ちると上げ底的に負担を引きあげなければならない。

 需要と供給の関係は、需要が増えると価格が上がり、また、供給が増えると価格が落ちるという資本主義形態の基本を形成しているが、先の上下水道に関してはそれは当てはまらない。

 環境というものの付き合い方が難しくなってくると、こういった非資本主義的な形態をもつ経済活動が増えてくるのではないかと思う。どこかの国で企業がCo2の削減に失敗するとペナルティを負うという制度があったと思うが、この制度上で吃驚したのは、ペナルティは結局、金銭的な問題であって、削減に成功した企業から削減量を購入することもできるということだった。金があれば結局、何でもあり、ということなのかもしれない。

 それにしても10年前の渇水は酷かった。3ヵ月くらいあったのだろうか、夕方4時間のみ給水で、当時、つわりだったカミさんが流し台でゲロってしまったのだが、半日、処理することができなかったらしい。小学校には地下貯水池があって、希望する市民にはそれを使って給水するため、朝から夜半まで半日ごと各学校に月二回くらいの割合で輪番で詰めたりもした。今年はあの年と雰囲気が似ていて、多少憂鬱である。

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