万年筆
TVでNHKを見ているのだけど、万年筆職人を追ったドキュメンタリーをしている。
万年筆といえば、12~22歳の間はいつも愛用のものを持ち歩いていた。
学級新聞で小説のようなものを書いたのを切っ掛けに、本好きということもあり、ちょっと長めの話を書いたりして遊んでいた。親は妙な期待をして、嬉しそうに万年筆を買い与えてくれた。小説家というと倦厭されるきらいが一部ではあるが、印刷の版下作りを仕事としていた母親にとっては物書きはとくにあこがれの対象でもあったようだ。
そのうちストーリーテラーでないことを知ってからは物語を書くことはなくなったが、万年筆に関しては、ごく普通にボールペンを使うような感じでいつも使っていた。
よくズボンの尻のポケットに突っ込んでいたりしたもんだから、漏れたインクでズボンを汚してしまうことも何度かあった。映研の撮影で20kmほど離れたところで撮影をして帰るとポケットに入っているはずの万年筆がなかった。祈るような気持ちで、撮影現場の浜辺に戻ってみると、そいつはどこにもいかずにしっかり待っていてくれた。
万年筆は他人に貸してはいけない。ペン先に癖がついているから、その癖に慣れていない者が使うとあっという間にダメにされてしまう。その掟を破ったあたしはそのまま10年間愛用していた万年筆を失うことになる。
サークルの呑み会の会場の移動中、公衆電話に入った後輩に筆記用具を貸してくれとせがまれ、万年筆を貸した。とりあえず、移動中だったので、移動先で返してもらうようお願いしたのだが、貸したのを思い出したのは、お開き寸前の時だった。後輩はすでに万年筆を持っておらず、どこで失くしたのかも判らないという。二次会、三次会と飲み歩いた店に戻って店員に尋ねてみても、どこにもなかった。
それ以来、万年筆を使うことはなくなった。あの愛用していた万年筆に勝る万年筆を作り上げる自信がなかったからだ。親に買ってもらった万年筆はパイロットの決して高くないものだったが、その後に買ったモンブランなどの高級品に勝る書き味となっており、愛用品を換えることはできないこということをすでに経験していた。自分にあった万年筆に出合うというのは実は運なのかもしれない。
自分自身もう20年近く万年筆を使っていないけども、まわりでも使っているのを見かけることはほとんどない。非常に味のある道具を使わなくなる、使われなくなるのは、淋しい。
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